相続法制の改正を考える(その1)

相続法制の改正を考える(その1)

1.相続法制の大幅改正がされる

近年,民法典の相続法制が昭和55年以来の40年ぶりの大幅な見直しが行われました。相続法は,弁護士業務のみならず税理士業務においても重要で,国民生活にも密接にかかわるものだけに,その法改正の中味を正確に知っておく必要があります。

そこで,その改正の内容を皆さんに簡潔にご説明致します。

2.相続法改正の契機は何か

平成25年9月4日に最高裁判所で「非嫡出子の法定相続分を嫡出子の2分の1と定めた民法900条4号但書き前段の規定を違憲とする」旨の判断が示されました。そのため,この規定を削除する法案が出されたことが,相続法制を全般的に見直しをする契機となったと言われています。

それは,日本社会の少子高齢化の進展に伴う社会経済情勢の大きな変化が背景にあります。つまり,相続開始時に残された配偶者の年齢が相対的に高くなり,その生活保護の必要性が高まる一方で,少子化により相続人である子供の数が減少し,その取得割合も増加しつつあります。そこで,これらに見合った形で,相続法制全般の見直しの必要性が指摘されたのです。

そのため,相続法制の見直しに関する法務省の法制審議会の答申を踏まえ,以下の2つの法案が出されました。

第1の法案が「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律案」です。

第2の法案が「法務局における遺言書の保管等に関する法律案」です。

この2つの法案は,2018年(平成30年)7月6日可決成立し,同月13日に公布されました。

 

3.今回の改正を3つの観点から検討します

さて,今回の法改正は,相続法全般に亘っていますが,大きく次の3つの観点からこれを鳥瞰することができます。

(1)第1の観点は,配偶者保護のための方策です

① 「持戻し免除の意思表示」の推定規定(新民法903条4項)

この規定は,特別受益者の相続分を算定するに当たり,その特別受益を受けた配偶者が,20年以上の夫婦として,居住の建物又はその敷地を遺贈又は贈与を受けた場合には,その分の評価を加算して相続分の計算をしなくとも良い旨の意思表示があった(これを「持ち戻し免除の意思表示」といいます)として推定する旨の規定です。

② 配偶者居住権(新民法1028~1036条)の新設

被相続人の配偶者の居住建物を対象に配偶者にその使用を認める法的権利を創設し,遺産分割等における選択肢の1つとしてこれを認めるものです。

③ 配偶者の短期居住権(新民法1037~1041条)の新設

被相続人の配偶者が相続開始時に遺産の建物に居住していた場合には,遺産分割が終了するまでの間,無償でその居住建物を使用できるようにするものです。

これらの規定はいずれも被相続人の死亡後に残された配偶者の居住権を保護するために認められたものです。

(2)第2の観点は,遺言の利用促進のための方策です

① 自筆証書遺言の方式の緩和(新民法968条関係)

これまでは自筆証書遺言をする場合には,遺言内容の全文,日付,氏名を自書しなくてはなりませんでした。しかし遺言内容のうち不動産や預金などの財産目録に関しては,自書する必要はなく,目録そのものに署名,押印するだけでよいことになりました。

② 遺言執行者の権限の明確化(新民法1007条,1012条~1016条)。

この規定は,遺言内容の円滑な実現を図るために遺言執行者の権限を明確化し,無用な紛争が生じないようにしたものです。

③ 法務局における自筆証書遺言書の保管制度の創設(遺言書保管法)

この制度を利用することにより,自筆証書遺言の紛失や隠匿等が防止できるようになりました。この制度を利用した場合には,「裁判所による自筆証書遺言の検認手続き」は不要となります。

(3)第3の観点は,相続人を含む利害関係人の実質的な公平を図るための見直しです

① 遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合の遺産の範囲(新民法906条の2)に関する規定の創設です。

この規定は,遺産分割前に財産が例えば共同相続人の一人によって処分された場合には,他の共同相続人の同意の下に,処分をした共同相続人の取り分を組み戻し,処分前と同等にすることができるとするものです。

② 「特別の寄与制度」の導入があります(新民法1050条)

この制度は,相続人に該当しない親族(相続人の配偶者など)が被相続人に対し介護等の貢献を行った場合に,この貢献に報いるため,この者が相続人に対して金銭請求をすることができる制度を創設するものです。

 (4)それ以外の見直しで留意すべき主な点は次の通りです

① 遺産分割前の預貯金の払戻請求を認める制度の創設があります(新民法909条の2)。

この制度は,平成28年に最高裁判例が変更されて,預貯金も遺産分割の対象とすることとなったため,遺産分割が終了するまでの間は相続人単独では預貯金債権の払戻ができず,葬式費用の支払いや生活費の支出のため困ってしまうのを改善しました。

但し,単独で銀行等の窓口で払い戻しのできる額は預金額の3分の1に法定相続分を乗じた分に限ります(金融機関毎に150万円が上限となります)。

② 遺留分権利者の権利行使によって生ずる権利の金銭債権化の創設(新民法1046条)があります。

これまでは,遺留分の権利を行使すると,すべての財産について共有関係が生ずるとされていました。しかし,これをやめてすべて金銭債権化することになりました。これにより,遺留分侵害の対象不動産等を売却する必要性がなくなりました。

③ 「相続させる」旨の遺言等によって承継された債権が法定相続分を超える分について,対抗要件主義とする旨の規定の創設(新民法899条の2)がされました。

これによって,遺言書で法定相続分を超える分を共同相続人の一人に認めていても,法定相続分を超える分については対抗要件(登記等)を備えなければ第三者に対抗できないこととなりました。

 

4.改正法の施行日はいつかを示します

(1)第1の法律の施行日は次の通りです。

原則 2019年7月1日から施行です。

例外1 自筆証書遺言の方式緩和の部分は,2019年1月13日からです。

例外2 配偶者の居住の権利の部分は,2020年4月1日からです。

(2)第2の法律の施行日は次の通りです。

法務局における保管制度は,2020年7月10日から施行です。

5.まとめ

以上のとおり,相続法制の改正の規定の概観を示しました。これらの法改正の内容を知らないと,今後は業務に支障が生じかねませんので注意を要します。

新民法の改正条文を示しましたので,詳しくは条文を参照してみてください。

相続法制の改正を考える(その2)

相続法制の改正を考える(その2)

1.はじめに

前回では相続法制の改正の契機とその内容についての概観(全体像)を,3つの視点からお示ししました。

今回は,前回に示した概観にそって改正法について具体的な内容に踏み込んでお話します(改正条文を引用しておきましたので,参照してみてください)。

2.配偶者保護のための方策について

相続法制の改正は多岐に及んでいますが,まず最初に示した「配偶者保護のための方策」としてどのような内容が規定(新設)されたのか,という点からお話します。大きく3つの改正点があります。

(1)「持ち戻し免除の意思表示の推定規定」(新民法903条4項)

規定の内容(新民法903条4項)

 この規定は,婚姻期間が20年以上の配偶者の一方が,他方に居住用不動産(土地及び建物)を遺贈又は贈与した場合に,遺産の先渡し(特別受益)を受けたものとして取り扱わなくともよい(これを「持ち戻し免除の意思表示」といいます)との意思表示をしたと推定する,と言うものです。

この規定はあくまで推定規定ですから,被相続人から反対の意思表示があった場合には推定はされません。

この内容を理解するために,これまでの制度と改正法ではどのように取り扱われるかを説明します。

具体例を示します。

 被相続人が20年以上連れ添った配偶者に,居住用の家と土地を,生前に,贈与した場合,遺産分割でどのように取り扱われるのでしょうか。

  ① これまでの制度(特別受益者の相続分民法903条1項)の場合

生前に贈与を受けたとしても,遺産の先渡し(これを「特別受益」といいます)を受けたものとして取り扱われるため,最終的に遺産分割で取得する財産額は,贈与がなかった場合と同じ取扱いとなります(具体的には何らの意思表示がなければ法定相続分の通りとなります)。

② 改正法による場合の取扱い

被相続人の持ち出し免除の意思の推定規定を設けることにより,原則として,遺産の先渡しを受けたものと取り扱う必要がなくなり,配偶者はより多くの財産を取得することができるようになります。つまり,贈与の趣旨に沿って,贈与財産は遺産分割の対象財産からはずされて,残りの遺産で遺産分割がなされることになるのです。

(2)配偶者の長期居住権の保護のための規定(新民法1028条から1036条)

ア.「配偶者居住権」の新設の規定

① 意義を示します

「配偶者居住権」とは,配偶者が相続開始時に居住していた被相続人所有の建物に対し,原則として終身の間,建物の使用を認める,「法定の権利」をいいます(新民法1028条1項本文)。

② 取得原因を示します

ア 遺産分割協議(1028条1項1号)

イ 遺贈(同項2号)

ウ 死因贈与(民法554条が準用する1028条1項2号)

エ 遺産分割審判(1029条)

③ 効果を明らかにします

ア 配偶者は,居住建物の全部について使用収益権を取得します(1032条1項)

イ 期間は原則として終身の間となります。但し別段の定めによる例外があります(1030条)

④ 消滅事由を示します

ア 建物所有者による配偶者の用法違反等を理由とする消滅請求(1032条4項)

イ 配偶者の死亡(1036条,債権の改正法597条3項)

ウ 目的物の滅失等使用不能(1036条,債権の改正法616条の2)

エ 期間満了(1036条,597条1項)

イ.制度導入のメリットは何でしょうか

配偶者が自宅で居住することを選択しても,配偶者居住権ならば評価は安く,その他の財産をより多く取得できる余地が生まれます。つまり配偶者居住権を選択した場合,その財産評価は,居住用財産の所有権から切り離され,ある程度低く評価されるため,残余の権利分(これを「負担付き所有権」といいます)を,他の相続人が取得することになり,その分だけ配偶者が別の財産(預貯金等)を取得できるようになるからです。

ウ.具体例を示します。

相続人が妻と子で,遺産が自宅(2000万円)と預貯金(3000万円)の場合(遺産総額5000万円)で,相続分は1対1の場合を考えます。

現行法 ①妻が自宅の所有権を取得(2000万円)すると,預貯金は500万円しか取得できません。

②子は預貯金2500万円を取得することになります。

改正法 ①妻が自宅の配偶者居住権を取得(500万円と評価する)すると,預貯金の取り分は負担付き所有権分(1500万円)だけ増えて,合計2000万円を取得できることになります。

②子は,負担付所有権(1500万円)と預貯金1000万円を取得することになります。

但し,配偶者居住権の評価方法については,今後様々な知見に基づいて確立していく必要があるとされています。

(3)「配偶者の短期居住権」の保護のための規定(新民法1037条から1041条まで)

ア.「配偶者短期居住権」の新設規定(1037条)

① 意義を示します

配偶者が相続開始時に被相続人の建物に無償で住んでいた場合に,一定の期間,居住建物を無償で使用する権利,を取得することができるようにしました。これを「配偶者短期居住権」といいます。

② 保護される期間はどれ位でしょうか

ア 配偶者が遺産分割に関与する時は,居住建物の帰属が確定するまでの間(ただし,最低6ヶ月間は保障されます)居住建物を無償で使用できます(1037条I項1号)。

イ 居住建物が第三者に遺贈された場合や,配偶者が相続を放棄した場合でも,居住建物取得者から消滅請求を受けてから6ヶ月間は保護されます(1037条I項2号,Ⅲ項)。

イ.制度導入のメリットはどこにありますか

配偶者が被相続人の建物に無償で居住していた場合,被相続人の意思にかかわらず,一定期間はこれを保護するもの(最低6ヶ月間は保護される)です。

3.まとめ

高齢化社会の進展に向けて,残された配偶者の老後の生活保障の必要性が高まってきます。

そのために,今回の相続法制の改正では,配偶者居住権または配偶者短期居住権という権利を認めて,配偶者の居住用の建物の利用を保護する制度が導入されています。

しかしながら,配偶者居住権の評価をどのようにして算定するかという点は,必ずしも単純ではありません。

特に,相続税の算出のため,配偶者居住権を控除した負担付き所有権の評価額と,売買のための負担付き所有権の実勢価額には乖離が生ずる可能性もあり,今後の課題でもあります。

尚,配偶者居住権に関する規定は,民法の債権法改正とも密接にかかわる部分があるため,民法の債権法の改正の施行日と同じ2020年4月1日以後に開始した相続について適用されます。

 

相続法制の改正を考える(その3)

 相続法制の改正を考える(その3)

1.はじめに

前回は相続法制の改正のうちで,一番の中心的な課題とされた配偶者保護に関する改正点を説明致しました。今回は,遺言の利用促進のための規定の創設と,関係者の実質的な公平を図る規定の創設についてご説明致します。

2.遺言利用促進のための新設規定

(1)自筆証書遺言の方式の緩和規定の新設

自分で簡単に作成できる自筆証書による遺言の場合には,日付と署名押印のみならず,「遺言書の全文を自書する必要がある」と,その方式は厳格に定められています(民法968条)。

しかし,遺言の全文の自書をすることは,財産が多数ある場合には相当大変な作業となります。

そこで新民法968条2項で財産目録について以下のとおり規定されました。

ア.新民法968条の2項の内容

 自筆証書に,これと一体のものとして相続財産の全部又は一部の目録を添付する場合には,その目録については,自書することを要しない。

その場合において,遺言書はその目録の毎葉に署名し,印を押さなければならない。

イ.制度導入のメリットは何でしょうか

この規定により,パソコンで目録を作成したり,通帳や登記事項証明書のコピーを添付して,財産目録とすることができるようになりました。但し,その場合すべてのページに署名・押印をしておくことが必要となります。こうすることにより,遺言書の偽造や変造を防止することができます。

但し,その変更には,変更場所を指示して,その場所に署名・押印しなければならない(新民法968条3項)とされていますので注意が必要です。

(2)法務局での自筆証書遺言の保管制度(遺言書保管法)の創設

  ア.この法律の立法趣旨はどのようなものでしょうか

自筆証書遺言は,公正証書による遺言とは異なり,いつでも簡単に作成することができます。でも,自宅に保管されることが多いため,紛失したり,相続人の一部の者によって廃棄・改竄などが行われる可能性があり,そのため相続人間で紛争の生ずるおそれがありました。

そこで,法務局で自筆証書の遺言書を保管することによって,遺言の利用促進と遺言書の紛失や隠匿等の防止など図ることができるように,その保管を法律で定めたものです。

イ.利用の方法を示します

遺言者自身が住所地や本籍地などの遺言書保管所(法務局)へ出頭して保管手続きをします(その場合遺言書は,決められた様式で,封のないものであることが要求されます)。

ウ.効果を示します

① 相続開始後に,相続人は法務局で遺言書の写しの交付や閲覧が可能となります(遺言者の生存中は,遺言者以外は遺言書の閲覧ができません)。

② ①の場合,法務局から他の相続人に遺言書が保管されていることが通知されます。

③ この手続きを利用した場合,家庭裁判所での自筆証書遺言の検認手続きは不要となります。

④ 但し,この制度を利用しても保管後に遺言書の保管申請の撤回は可能です。

(3)この制度のねらいは何でしょうか

現時点では,遺言を残さず亡くなる人が相当数いることから,遺産の分配をめぐる無用な紛争を防ぐことを目的としています。

平成29年の統計によりますと,その年の死亡者の10分の1以下しか遺言書の作成が確認されていません(公正証書作成件数と検認件数の合計は,死亡者134万人に対して12万8000件足らずとされています)。

今回の法改正により,自筆証書遺言をより利用しやすいものとすることができます。

 

3.関係者の実質的な公平を図る規定の創設

  この点に関する規定の創設は2つあります。

(1)遺産分割前に処分された遺産の範囲に関する規定の新設

その内容は以下のとおりです。

ア.新民法906条の2の内容

 遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても,共同相続人は,その全員の同意により,当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる(同条第1項)。

イ.この制度導入の目的は何でしょうか

この規定は,例えば不当に第三者又は相続人の一人によって処分された財産を,共同相続人全員の同意によるか,処分者以外の相続人の同意(同条第2項)により,その分を遺産分割の対象に含めて,不当な処分がなかった場合と同じ結果を実現できるようにするものです。

 

(2)特別の寄与制度の規定の新設(新民法1050条)

ア.この規定の目的は何でしょうか

相続人以外の親族が,被相続人の療養看護等を行った場合,相続人に対して金銭の支払いを請求することができるようにして,その貢献に報いるものです。

イ.新民法1050条の内容

① 改正の内容(1050条1項)

 被相続人に対して,無償で療養看護その他の労務の提供により,被相続人の財産の維持又は増加に特別に寄与した被相続人の親族は,相続人に対し,特別寄与料の支払いを請求することができる。

② 効果を示します

特別に寄与した親族(これを,「特別寄与者」といいます)は相続人に対し,「特別寄与料支払請求権」を取得します。各相続人は,特別寄与料を法定相続分に応じて負担することになります(1050条5項)。

③ 特別寄与料決定手続(1050条2項)はどうなっていますか

特別寄与料の支払金額は,当事者間の協議により決定します。これが調わない時は,家庭裁判所の審判によることになります。

④ 行使期間の制限(1050条2項の但書)があります

特別寄与者が相続開始及び相続人を知ったときから6カ月,又は相続開始から1年を経過した時は,もはや支払いを請求することはできません。

ウ.制度導入のメリットは何ですか

これまでは,相続人以外の者(例えば長男の妻)が,生前被相続人の介護に尽くしても,相続財産を取得することができませんでした。しかし,それを是正して,特別寄与者は他の相続人に対して金銭請求ができることとして,介護等の貢献に報いるようにしたものです。

 

4.改正法の施行時期を示します

(1)自筆証書の方式の緩和規定

この部分は2019年1月13日から施行済です。

(2)遺言書保管法

この法律は2020年7月10日から施行予定です。

(3)それ以外の規定部分

本稿のそれ以外の部分は,改正相続法の原則通り2019年7月1日からの施行です。

相続法制の改正を考える(その4)

 相続法制の改正を考える(その4)

1.はじめに

相続法制の改正の内容を,これまで,①配偶者の保護,②遺言書の利用の促進,③利害関係人の公平を図る制度,の3つの観点からその内容を解説しました。

今回はそれ以外の改正点で,重要なものの解説をします。

 

2.遺言分割前の預貯金の払戻制度の新設

(1)新設された内容

遺産分割前に発生した「相続人の生活費」「葬儀費」「相続債務の弁済」などの資金需要に対応できるようにするため,相続された預貯金債権について,共同相続人が「単独」で払戻しを受けられる制度が新設されました。

(2)何故この制度が新設されたのでしょうか

   そのきっかけは,平成28年12月19日に出された最高裁決定にあります。この決定は「預貯金債権は遺産分割の対象財産に含まれる」と判断したため,共同相続人は,遺産分割が終了するまで,預貯金の払戻しが出来なくなったからです。それまでは,預貯金は,法定相続分に応じて当然分割される(民法427条)と解されていたため,遺産分割の対象財産ではなく,遺産分割協議成立前でも自己の持分相当額を払い戻すことができていました。それがこの変更決定でできなくなり,その不都合を解消させるために,新たにこの制度が新設されたのです。

(3)新設された制度は2つあります

ア 金融機関の窓口で,預金債権の一定割合については,相続人が単独で,支払いを受けられる制度の新設がなされました(新民法909条の2)。

その場合,払い戻しができる金額の具体的な計算式は次のとおりです。

「預貯金債権額×1/3×法定相続分」となります。但し,単独で払い戻しを受けられる額は1金融機関ごとに「150万円が上限」とされています。

イ 遺産分割の審判前の保全処分の要件が緩和されました

家庭裁判所に遺産分割の調停・審判が申し立てられた際に認められる保全処分で,「仮払いの必要性」があれば,他の相続人の利益を害さない限り,「仮の取得」(仮払い)が認められるようになりました(家事事件手続法200条に3項が追加されました)。

 

3.遺留分減殺請求の金銭債権化の創設

(1)創設された内容(新民法1046条・1047条)

ア 遺留分減殺請求が行使された場合,これまでは侵害額相当割合分だけ物権的な権利変動があるとされていたものが,単に遺留分侵害額相当の金銭債権が発生することとされました(新民法1046条)。

イ その場合,金銭を直ちに準備できない受遺者等のため,裁判所は,金銭の支払に相当の期限を許与できるようにしました(新民法1047条5項)。

(2)今回の創設がなされた理由は何でしょうか

従前は,請求の対象となった目的物の所有権が侵害の割合分だけ遺留分権利者に移転し,共有状態が生ずるとされていました。しかし,それでは目的財産を受遺者等に与えたいとする遺言者の意思に反する可能性があり,加えて複雑な共有関係を回避するために,金銭債権化することにしたものです。しかし,そうすると,金銭の支払いの準備に時間がかかることもありうるために,相当の期限の許与を裁判所に求めうることにしたのです。

 

4.遺留分等の計算方法を明文化する規定の新設

(1)遺留分及び遺留分侵害額を求める計算式の明文化

ア 遺留分を求める計算式(新民法1042条第1項・1043条第1項)

「遺留分の算定財産の価額×1/2×法定相続分」で計算されます

(但し,直系尊属のみが相続人の場合は1/3となります)

イ 遺留分侵害額を求める計算式(新民法1046条第2項)

「遺留分額-特別受益額-具体的相続分額+負担する法定相続分に応じた債務額」で計算されます。

ウ 明文化の趣旨は何でしょうか

遺留分侵害請求権が金銭債権化されたことに伴い,改めてその内容の確認がなされたのです。

(2)遺留分の算定財産に算入する贈与の範囲の限定

ア 改定の内容はどのようなものでしょうか。

(新民法1044条3項の内容)

「相続人に対する贈与」は「相続開始前の10年間」にされたものに限り,その価額(婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与に限る)を遺留分算定の財産価額に算入することになりました。

イ 改定の理由は何でしょうか

相続人に対する贈与は,第三者に対する贈与のように1年間の制限はなく,原則として無制限に算入されるとするのが最高裁判例(平成10.3.24)でした。しかし,これでは何十年も前の贈与も含まれることになり,あまりにも不適切となるため,相続人に対する贈与についても10年以内のものに限定することとしたものです。

但し,当事者双方が遺留分権利者を害することを知っていた場合には,10年間に限定されないこととされています(新民法1044条1項)。

(3)遺留分侵害額算定での債務の取扱い

ア いかなる内容が明文化されたのでしょうか。

(新民法1047条3項の内容)

 

・遺留分侵害額の請求を受けた受遺者又は受贈者は,遺留分権利者が承継する「債務を消滅させた時」は,「意思表示」により,その限度で自らが負担する債務を消滅させることができる。

・その場合,取得した「求償権」は,消滅した債務額の限度で消滅する。

 

イ これにより,受遺者・受贈者が遺留分権利者の承継する債務を弁済や免責的債務引受などで消滅させた場合の取り扱いが規定されました。

 

5.まとめ

今回は,当初に述べた3つの観点以外の改正部分のうち,注意を要する部分の解説をしました。そのうちでも,遺留分及び遺留分侵害の算定方式に関しては,かなり細かな内容が整備されています。

条文を読んでみても必ずしもしっくりこないかもしれません。しかし,事例を想定しつつ内容を確認すれば,納得が行くと思います。頑張ってみて下さい。

 

弁護士関戸一考,弁護士関戸京子

相続法制の改正を考える(その5)

 相続法制の改正を考える(その5)

1.はじめに

これまで4回に亘って,相続法制の改正の内容の解説をしました。今回の5回目で最後です。そこで,改めてその内容を振り返ってみたいと思います。

その1では,相続法制改正の契機と,法改正の全体像を示しました。

その2では,配偶者保護のための方策を解説しました。

その3では,遺言利用促進規定と,関係者の公平を図る規定を解説しました。

その4では,預貯金の払戻制度と,遺留分制度の改正内容を解説しました。

その5では,相続の効力等に関する見直しと,遺言執行者の権限を解説します。

 

2.相続の効力等に関する見直しについて

(1)ここでの見直しの内容はどのようなものでしょうか

それは,「相続させる旨の遺言」について「対抗要件主義」を採用したことです。対抗要件主義とは,対抗要件の先後で,対立する権利の優劣を決する考え方をいいます。その内容は次のとおりです。

(新民法889条の2第1項の内容)

相続による権利の承継は,法定相続分を超える部分については登記・登録,その他対抗要件を備えなければ第三者に対抗できない,とするものです。

 

 

 

 

(2)見直しの理由を示します

  ア 従前,「相続させる旨の遺言(これを「特定財産承継遺言」と呼びます)」による権利の承継は,遺産分割や遺贈の場合と異なり,「登記等がなくとも第三者に対抗できる」とするのが,最高裁判例(平成14.6.10)でした。

しかし,それでは「遺言の有無及び内容」を全く知らない相続債権者などの第三者の利益が不当に害される恐れがあるため,特定財産承継遺言による法定相続分を超える部分を第三者に対抗するためには,遺産分割や遺贈と同様に,対抗要件が必要とされたのです。

イ ところで,承継された権利が「債権の場合」には,「債権者からの通知又は債務者の承諾」が民法上は対抗要件とされていますが,その際の特則が定められました。その内容を示します。

(新民法899条の2第2項の内容)

前項(第1項のこと)の権利が「債権である場合」,法定相続分を超えて,当該債権を承継した共同相続人が「遺言の内容」や遺産分割により債権を承継した場合には「遺産分割の内容」を,明らかにして債務者に「その承継を通知」したときは,共同相続人全員が債務者に通知したものとみなして,前項の規定を適用する。

 

 

 

 

 

 

 

(3)債権の特則が定められた理由を明らかにします

本来従前の規定では「債権者からの通知」は,共同相続人全員でする必要がありました。ところが,共同相続人間でもめているときには,必ずしも全員ですることができないこともあるため,「受益相続人が単独で通知」できるようにしたものです。

しかし,その際,虚偽の通知によることを防止するため,通知の際に「遺言の内容」や「遺産分割の内容」を「明らかにする」ことが要求されたものです。

但し,「遺言の内容」や「遺産分割の内容」を債務者ではなく第三者に対抗するためには,確定日付のある証書(通常は内容証明郵便を利用することが多い)によることが必要となります(これは民法上の原則です)。

これにより,相続債権者や被相続人の債務者は,受益相続人が対抗要件を具備するまでは,法定相続分を前提として権利行使・義務履行をすれば足りるということになります。

 

3.遺言執行者の権限の明確化

遺言執行者が選任された場合の権限は,以下のとおりです。

(1)遺言執行者の任務開始に伴う通知内容(新民法1007条2項)

遺言執行者は,任務開始に伴い,遅滞なく「遺言内容」を相続人に通知することとされています。

(2)遺言執行者の権利義務(新民法1012条)

ア 遺言執行者の権限は,「遺言の内容を実現するために必要な行為をする権利義務」と明記されました(同条1項)。

イ 「遺贈の履行」は,遺言執行者のみが行うことが確認されました(同条2項)。

(3)遺言執行の妨害行為の禁止規定(新民法1013条1項・2項・3項)

ア 相続人による財産処分などの遺言執行に対する妨害行為は禁止され(同条1項),違反してなされた行為は無効とされつつも(同条2項),善意の第三者には対抗できないとされました(同条2項但書)。

イ それに対し,相続人の債権者等の権利行使(例えば差押えなど)は,妨害行為として無効とはならず(同条3項),対抗問題とされています。

(4)特定財産に関する遺言の執行(新民法1014条2項・3項)

ア 特定財産承継遺言があったときは,遺言執行者は新民法899条の2第1項(法定相続分を超える部分の対抗要件を定めた規定)に必要な行為をすることができると定められています(同条2項)。

イ それが預貯金債権である場合には,「対抗要件の具備」の外「払い戻し請求」や「解約の申入れ」もできる,とされました(但し,解約申し入れは,その全部が当該遺言の対象となっている時に限られます)。

(5)遺言執行者の行為の効果(新民法1015条)

遺言執行者が「遺言執行者であることを示してした行為」は相続人に対し,「直接その効力が生ずる」とされました。これにより,不動産登記実務上も遺言執行者が単独で「相続による権利の移転登記申請」ができるようになりました。

(6)遺言執行者の復任権(新民法1016条)

ア 遺言執行者は原則として,自己の責任で第三者にその任務を行わせることができます(同条1項)。

イ しかし,やむを得ない事由によって第三者に行わせるときには,相続人に対し,その選任監督についてのみ責任を負うこととされました(同条第2項)。

以上の内容が,遺言執行者の権限について明確化された相続法改正の内容です。

 

4.まとめにかえて

5回にわたって相続法制の改正について主だった点の解説をしました。

今回の相続法制の改正は,相続法の全般に及ぶもので,少子高齢化社会の到来と共に多くの国民に直接かかわる内容がかなり含まれています。相続問題にかかわることが多い弁護士や税理士がその内容を正確に理解しておかないと,思わぬ過誤を引き起こさないとも限りません。

今回の改正部分は,大半が施行日がすでに到来しています。しかし,配偶者居住権(2020年4月1日施行)や遺言書の保管制度(2020年7月10日施行)などは,施行日は未到来ですので注意して下さい。

実務家の皆様には,改正の基本的な内容を頭に入れながら,直接改正条文や法文の内容を確認していただきたいと願っております。

以上をもって「相続法制の改正を考える」を終わります。

 

弁護士関戸一考,弁護士関戸京子

カナディアンロッキーの旅(その1)

カナディアンロッキーの旅(その1)

1.カナディアンロッキーの山歩きの旅の特徴

私達夫婦は,最近の10年は専らヨーロッパアルプス,なかでもシャモニーを起点にしたアルプスの山歩き・山登りが中心です。でもその前の約10年間は,カナディアンロッキーでの山歩きの旅が中心でした。それ以外にも,この間世界各地の山々を歩いています。今回は,その中でカナディアンロッキーでの山歩きの旅の話を紹介しましょう。

私達夫婦は,専ら海外での山歩き・山登りが中心で,日本の山で登っためぼしい山はせいぜい大山や六甲山などの西日本の山が中心でした。今後はもう少し日本の山も歩こうと思います。

そもそも私達が海外旅行に行くようになったのは,私が10年程勤めた事務所を退所して吹田市江坂の地に自分の事務所を持ち,誰に気兼ねすることもなく自由に海外にも行けるようになってからです。丁度その頃,西名阪超低周波の公害訴訟が和解で終了したところで,弁護団員とその家族でフィジー旅行をしたのが最初です。以後毎年のように外国へ行くようになりました。ある時スイスのツェルマットで泊まり,朝一番の登山電車で終点のゴルナグラードまで行って,そこからマッターホーンの麓を歩いたのがきっかけで,私達は山歩きに目ざめました。それからと言うものは,山歩きのできる海外の目ぼしい場所を探して出かけるようになりました。その1つにカナディアンロッキーがあったのです。

私達が経験した山歩きの中では,ヨーロッパアルプスとカナディアンロッキーが双璧でした。山々の美しさではヨーロッパアルプスが最高で,その美しさは圧倒的です。それに対し自然の雄大さではカナディアンロッキーが群を抜いています。例えて言えば,富士山が何百個も連なっている様な感覚です。それ位雄大な山脈がロッキー山脈です。ですから旅行のスタイルもヨーロッパアルプスでは1箇所の街(例えばシャモニーやツェルマット)に滞在してアルプスの山々を歩くのに対し,カナディアンロッキーでは,車で移動しながら各地を探索して歩くのが適していたのです。そこで私達のそんな広大なカナディアンロッキーの旅を御紹介しましょう。

 

2.カナディアンロッキーの旅の仕方

まず最初に,カナディアンロッキーとはどの辺りをさすのかを簡単に説明します。

ロッキー山脈は北米大陸のメキシコ,アメリカ,カナダの西側を南北に縦断する山脈で,そのうちの北に位置するカナダ国内の約1450㎞位をさすと言われています。これは日本の本州の長さに匹敵するものです。この広大なカナディアンロッキーを旅する際,私達が参考にしたのは,「カナディアンロッキーハイキング案内」(益田幸郎・益田晴子著・山と渓谷社出版)という本です。ここには多くのハイキングコースが載っており,少し古くなりましたが現在でも十分利用できるものと思います。

さて,私達は初期の海外旅行を除いて,原則として,既存の旅行会社のツアーには参加せず,自分達で飛行機と宿を予約して旅行をすることにしていました。それは旅行会社のツアーを利用するとかなり割高となることを知っていたからです。例えば当時,レイクルイーズの有名な最高級ホテルシャトーレイクルイーズでの宿泊費が現地で予約したら二人で1泊209ドルで済んだのが,旅行会社のツアーでは同じホテルが1人で2倍以上の約5万円の費用がかかっていることを知りました。ですから実際には,かかった費用はトータルで半額とはいいませんが3分の2位で十分同じところを旅することができたのです。

それではもう少し具体的に旅行のエッセンスをお話します。

(1)まず,移動手段からお話します

関西空港からバンクーバーを経由してカルガリーまで飛行機で行きます。飛行時間はバンクーバーまで8時間半,さらにカルガリーまでは約1時間と少しかかります。そして,着いたカルガリーの空港でレンタカーを借りました。(勿論予め日本で予約をしておきます。)カナダのレンタカー会社(ハーツかエイビスです)には,コンパクトカー(1500~2000ccクラス)に日本車が置いてあり,できる限りこれを借りるようにしました。それは日本車を借りていて大変助かったことがあるからです。カナナキス地方の山奥で車がパンクをしてしまった時,乗っていたのがトヨタ車だったため,日本でタイヤ交換の経験があり,タイヤの取り替えに苦労せず無事予定通りに目的地に着くことができました。(もし外国車だったら取扱い説明書を読むことからしなければならず,大変です。)広大なカナディアンロッキーは,車で各地を移動しないと公共交通機関が少ないので大変不便な旅となりかねません。私はカルガリーで車を借りて,バンフ・レイクルイーズ・ジャスパーを経てエドモントンの空港まで約800㎞位移動して車を返却することが多くありました。それ以外にもバンクーバーの空港で車を借りて,トランスカナダハイウェイ1号線を1000㎞以上移動してカナディアンロッキーに入り,そして帰りは同じ道をバンクーバーまで戻ったこともあります。このトランスカナダハイウェイ1号線は,バンクーバーからカナディアンロッキーを横断しており,カナダの西と東を結ぶ主要道路となっています。この道路でキャンピングカーをつないで走る車を多く見かけました。カナディアンロッキー内にはいたるところにキャンピングカーを止めるエリアがあり,カナダ人はキャンピングカーで旅行を楽しむ人が多いようです。

(2)次に宿をどのように決めたのかお話をします

カナディアンロッキー内での中心的観光地(バンフ,レイクルイーズ,ジャスパー)では,夏のシーズンは観光客が多いため宿は事前の予約が必要となります。でもそれ以外の場所をレンタカーで移動する場合にはあまり心配はいりませんでした。それはトランスカナダハイウェイ沿いにはモーテルが結構多く有り,“vacancy”の表示があれば比較的安く(80ドル位)泊まれたからです。私達は初日にカルガリー郊外のモーテルで泊まったり,思いきってバンフの手前20㎞のキャンモアまで行きそこで宿を探して泊まりました。必要に応じて泊まった宿から次の宿泊予定地の宿を予約すれば,ほとんどのところで泊まれました。但し,一度大失敗をしたことがあります。レイクルイーズからジャスパーへ向かっている最中,宿を見つけて泊まろうとしましたがタッチの差でその宿をとりそこねてしまい,結局ジャスパーを過ぎて100㎞以上の先の小さな町まで宿を求めていくはめになってしまったのです。この時はうす汚い宿で一夜をあかし,翌日ジャスパーまで戻りました。

この時の教訓として,観光地の周辺では昼間の3時位までに泊まる宿を決めないと空いている宿がなくなってしまうこともあるので,余裕をもって早めに宿を決める必要があるということです。(特にジャスパー周辺では要注意です。)

ところで,カナディアンロッキーには,数多くのナショナルパークがあり,そこには必ず「Info.」の表示のある観光案内所があります。そこで国立公園内の山歩きの案内地図をもらったりする外,宿泊場所の情報を載せてあるアコモデーションガイドの冊子がありますので,それをもらって次の宿を物色することが多かったと思います。でも車で移動する場合,基本的には観光地から少し離れたところに宿をとる覚悟をしておけば,予約がない場合でもあまり心配することはありませんでした。このアコモデーションガイドの冊子は翌年に,宿を予約する時にも大変役に立ちました。

(3)最後に買い物(食べ物)の話をしておきましょう

私達は海外旅行をする際,原則として自炊をすることにしていました。日本から旅行用の電気ポット(鍋)を必ず持参し,宿でお湯をわかしインスタントラーメンを作ったり,味噌汁を作ります(但し,国によって三つ股コンセントを予め用意しておく必要がありますので気を付けて下さい)。カルガリー,バンフ,レイクルイーズ,ジャスパーには,日本食品を備えてあるスーパーがあり,ここで果物,インスタントラーメンやパン,ハム,サラダ等を買い,山歩き用の昼食を準備したのです。ですから,カルガリーでレンタカーを借りたら,すぐ市内でスーパーを探し,以後の食料を調達することにしていました。そして移動する度に次の宿を確保すると同時に食料を買い足して旅行を続けたのです。レンタカーの場合,このように臨機応変に対応できるから都合が良かったのです。

結局宿に泊まっても私達は買い込んだ食料で自炊をしましたから費用はかなり安くおさえることができました。おそらく外食の半分以下でしょう。カナディアンロッキーで高級ホテルに泊まり,豪華な食事をすることが目的ではありませんでしたから,これで私達は十分満足できたのです。それでも,時々日本食が恋しくなりましたが,ジャスパーで日本食を出してくれる店や食べ物店を見つけましたので,これで少し安心しました。

ここで,買い物の件をお話しましょう。中心的観光地には,みやげ物店や山の用品をそろえた店が多くあります。その中で妻の京子は,カルガリーでマウンテンコープを見つけ,そこの会員となり,必要に応じ山用品を調達しました。日本で買うより安くて機能的なものが多くあったからです。そのため京子の山用品の大半は外国で購入したもので占められています。しかしその場合カードで買い物をするため,どうしても高い物を購入してしまいがちです。ところが,同じ物が日本の店ではさらに高額になっており,驚くことがよくありました。山用品などは現地で調達する方が素敵なものが多いようです。

以上述べたことを念頭に,カナディアンロッキーの旅の具体的内容に踏み込んでお話したいと思います。但し,ここで述べたことに頭を使うのは大変だと思ったら,旅行会社のツアーに申し込めば,移動手段,宿,食事などの心配はしなくとも良いでしょう。でもその分確実に割高となることは間違いありませんが・・・。最近は現地での日本人向けの山歩きのツアーもあるようです。これをうまく利用すれば,比較的気軽に山歩きが楽しめるのかもしれません。

カナディアンロッキーの旅(その2)

カナディアンロッキーの旅(その2) 

3.目的地の選定をする

広いカナディアンロッキーには,おそらく数百以上のトレイルがあり,見どころも一杯あると思います。その中から限られた期間内で,散策することができる素敵な場所を選定することは,なかなか大変です。

そこで,私達がどうやって見どころを選定して歩き回ったのかをお話しします。

私達がカナディアンロッキーを歩いた時期は,8月の夏休みとなる期間の約2週間でした。この時期は,裁判所も更替で休みとなり,ほとんど裁判の期日が入らないから山歩きには好都合です。2週間と言っても往復は1泊ずつ飛行機内泊となるから,概ね12日間がロッキー内で移動できる期間となります。

そこで,その間を前半と後半に分けて,広いカナディアンロッキーの中でメインとなる場所を決めて動きました。その時基点にしたのがカナディアンロッキーのナショナルパークの中にある山小屋(ロッジ)です。この方法はいろいろな山小屋(ロッジ)に泊まりながら付近の雄大な自然を楽しむという方法です。山小屋と言っても30人以上も泊まれるものもあり,小さな山岳ホテルのような印象を持ちました。これらの山小屋(ロッジ)にはヘリコプターで入山したり,馬で入山したり,ハイキング(かなり長距離となります)で入山したりします。このような楽しみ方をロッジンクと言うようです。

私達が参考にした「カナディアンロッキーハイキング案内」の中に,いろいろなロッジの案内があり,事前に予約をして行くことになります。概ね1週間単位で予定が組んであり,3泊4日または2泊3日でローテーションとなっています。勿論山小屋には定員制限があるので,同じ機会に入山したメンバーと一緒に付近の自然をゆったりと楽しむことができるのです。私達は1回の旅行で多い時には前半と後半に2箇所のロッジに泊まることもありました。でも大体は前半に1箇所のロッジに泊まり,その間隙をぬってカナディアンロッキーを車で移動しながら,ハイキングをしつつ山や湖を回るという方法をとりました。

私達がメインとして泊まった山小屋(ロッジ)は,①パーセルロッジ,②アシニボインロッジ,③バカブーロッジ,④ミスタヤロッジ,⑤フォートレストレイクロッジ,⑥シャドウレイクロッジ,⑦オールソンズロッジ,⑧ディクソンズチャーレーなどです。このうち①から⑤はヘリで,⑦と⑧は馬に乗って,⑥はハイキングで4時間から5時間もかけて入山するのです。ヘリで入山する場合は,近いところで約10分位,遠いところで40分位のフライトですが,ヘリからの景色が素晴らしく印象的でした。でもヘリを使うと滞在費が少々高くなるのが玉に疵です。馬での入山は5時間・6時間かけて目的地へ行きますが,途中でお尻が痛くなり,足がしびれてしまいます。でも日本ではなかなか味わえない乗馬体験でした。

そこで,各々の山小屋での出来事で印象深かったことをお話しします。

 

4.印象深いロッジでの出来事を語る

(1)トンキンバリーの2つのロッジ

私達が訪れたロッジの中で一番印象に残ったところは,ジャスパーナショナルパーク内にあるトンキン・バリー(Tonguin Valley)のオルソンズロッジとディクソンズ・シャレーです。この2つのロッジはいずれもアメジストレイク(Amethyst Lake)の東岸と北岸にあります。この湖はニジマス釣りで有名なところで,馬に乗って(これをホースバックライディングといいます)5時間から6時間かけて入山します。この2つのロッジはいずれもニジマス釣りとホースバックライディングを満喫させてくれることで人気があるようです。

ここでカナディアンロッキーでのホースバックライディングの説明を少ししておきます。私達はトンキンバリーのロッジで長時間乗馬をしながら入山をすることになっているロッジを案内文で知りました。そこで,乗馬の練習のため,私の事務所の近くの緑地公園の乗馬クラブに行って練習をしました。全く乗馬の経験がなかったからです。ここで教わったことは,馬の背中に乗りながら馬の歩行に併せて足で踏んばり,上下動をしてお尻を浮かせて乗る方法です。そうしないと歩くたび馬の背骨がお尻にあたり痛いからです。この練習を日本の乗馬クラブで3~4回してから,カナディアンロッキーのトンキンバリーへの登山口にある小さな牧場に車で行きました。ところが,そこで乗馬で移動する際教えてくれたことは,右に曲がる時には右手で,左に曲がる時は左手で手綱を引く,そして止まる時は両手で手綱を引くという,ごく簡単な説明をしただけです。そしてすぐに馬に乗って歩き出しました。日本で練習したように馬の歩行に併せてお尻を持ち上げなくとも痛くありません。それはカナダの馬は背中が広く,巾の広いサドルのため(ウェスタンサドルというらしいです)馬の背骨で下からつき上げられることがほとんどなかったからです(日本の馬は幅の狭いイングリッシュサドルがついていますから大変です)。でも5時間も6時間も馬に乗るとさすがにお尻や足がしびれてしまいます。でも必死に頑張って馬に乗って20km以上も山奥へ進み,目的地のアメジストレイクの麓のロッジにたどりついたのです。

この経験は衝撃的でした。これですっかり乗馬に慣れて好きになりました。馬は隊列に遅れそうになると軽くギャロップをしてくれます。残念なことに馬が全力で走り出すことはありませんでしたが,馬でカナディアンロッキーのメドウ(草原)の中を歩き回る楽しさを体験できました。話は変わりますが,最近韓国の時代劇で馬に乗り,全力疾走するシーンを時々見ます。あれは,かなり危険なことで,俳優さんが落馬して怪我をすることがあるそうです。でも一度位は馬で全力疾走してみたいと思ったものです。

ここのロッジでは,ウォーキングの他にフィッシングをするか,ホースバックライディングをすることがメインとなります。私達は当然ホースバックライディングを希望しました。ところが,その途中でカナディアンロッキーにいるグリズリー(灰色熊)に出会いました。グリズリーは立ち上がると2m近くにもなり非常に危険な熊です。馬と同じ位のスピードで走りますので,追いかけられたら逃げられません。

でも,この時は我々が馬で隊列を組んでいたので,我々に向かってくることはありませんでした。そのため,ビデオカメラでグリズリーを撮影することができました。その日の夕方,ナショナルパークを警備しているパークレンジャーがヘリで「グリズリーが出たから気をつけるように」と呼びかけていました。グリズリーにおそわれたら大変なことになるからです。ここでは”You are in Bear Country”と言われ,ナショナルパーク内に時々熊に襲われて死亡した人の石碑が残っています。

夕食には,その日に釣れたニジマスが焼かれていました。夜には釣りに来たメンバーの部屋でパーティーが始まります。私は日本の歌を歌いながら楽しくすごしました。ところが帰る時になり,釣りをしに来た親子連れが私のところへ来て,「来年もこの時期にアメジストレイクに来るから,お前も来ないか」と言うのです。私は笑って返事をせず,おみやげ用に日本から持って来ていた箸をあげ,お礼を言って別れました。この親子連れは,毎年ここに来てニジマス釣りをしているようでした。

トンキンバリーの2つのロッジ(合計2回行っています)でのホースバックライディングは,私達にカナディアンロッキーでの新しい楽しみ方を教えてくれたのでした。

(2)マウントアシニボインロッジでの出会い

次に,私達がすばらしい出会いを経験したのが,バンフナショナルパークから進み,隣のマウントアシニボイン(Mount Assiniboine)州立公園内にあるマウントアシニボインロッジでのことです。マウントアシニボイン(3618m)が間近に見えるこのロッジは,1928年に建てられたという伝統ある山小屋です。すぐ前にレイクメイゴック(Lake Magog)があり,景色の素晴らしいところです。

ここへの入山方法はキャンモア(Canmore)から車で42km程入ったヘリポートからヘリで(約10分です)入山するか,そこから約26.7kmを歩いて入山するかの方法です。私達は,往きはヘリで,帰りは歩いて下山する方法を選びました。26.7km歩くのはかなり大変でしたが,同時に下山する女性達と一緒に歩いたのです。(カナダの女性は背が高く足が早くてついていくのは大変でした)

ここのロッジで素敵な出会いがありました。私達がロッジの周りを散歩していると,スケッチブックを持って回りの風景を写生する熟年夫婦を見つけました。京子はそれを見て”Your hobby is good”と声をかけたのです。すると,男性が”Not hobby, professional”と答えました。彼はジャスパーのみやげ物店などで絵葉書きなどの絵を描いている画家だったのです。リタイアする前は地元の新聞社で風刺画などを描いていたということでした。名前をヤーデリーショーンズ(略してヤーデルといいます)といい,エドモントンに住んでいるということで,足の悪い奥さんのメアリーを連れてこの辺りの風景の写生をするために来ていたのです。

私達はすっかり仲良くなり,いろいろ話をしているとヤーデルが「私達の似顔絵を描いてやろう」と言い出し,私達の写真を撮り,似顔絵を日本へ送ってくれることになりました。ヤーデルがこの時描いて送ってくれた似顔絵は,私の事務所に今も大切にかざってあります。ほんとうはマウントアシニボインには登っていないのに登ったように描いてありますので,事務所に来た時に皆様には是非お見せしたいと思います。それ以外にもヤーデルの絵が何枚か飾ってあります。

この時の出会いが縁で,私達はカナディアンロッキーに来た時には帰りにカルガリーではなくエドモントンの空港から帰ることにして,前日には,ヤーデルの家へ遊びに行く予定を組み,合計4回程行きました。日本からのお土産に,京子の父親が収集していた日本の掛軸を持参すると,画家のヤーデルは大変喜んでくれました。夫婦には6人の子供がおり,独立して孫が10数人もいるとのことで,メアリーは「この家族全員が私の宝物だ」と言って写真を見せて自慢をしていました。その後しばらくは,クリスマスカードを交換していましたが,メアリーは亡くなり,ヤーデルも引越し,連絡がとれなくなってしまいました。でもカナディアンロッキーの旅で私達の忘れられない思い出の1つとなっています。

カナディアンロッキーの旅(その3)

カナディアンロッキーの旅(その3)

5.カナディアンロッキーでの印象深い出来事を語る

(1)ホットスプリングスをめぐる

カナディアンロッキーの旅ではいろんな経験をしています。その中で,少し変わった出来事は,山歩きの後疲れた体を癒すのに都合の良いホットスプリングス(温泉)が各地にあり,山歩きの後そこに入浴しに行ったということです。

その中でも,町の名前が温泉そのものを表すラジウム・ホットスプリングス(Radium Hot Springs) が有名です。ゴールデンから,トランスカナダハイウェイ95号線を南に下り,93号線に合流したところにラジウム・ホットスプリングスがあります。山間にある,大きな温泉プールで,日本のひなびた温泉とは違い,水着を着て入り,泳ぐこともできるくらい大きな温泉プールです。ここで,入浴していた時,カリブーロッジのガイドスタッフで,我々を山歩きへと案内してくれたウェンディに会い,彼女も疲れた体を癒しに来ていました。山歩きで疲れた時にはホットスプリングスでの入浴は最高です。

それ以外にも,私達はジャスパーから東のエドモントンの方向に車で1時間位走ったところに,ミエッテ・ホットスプリングス(Miette Hot Springs) があり,ここの温泉プールにも入っています。雄大な自然の中にあるホットスプリングスは,ホテルでの風呂やプールとは違って,青空の下で開放感のある憩いの場となっています。レンタカーで移動していたため,各地のホットスプリングスめぐりが可能となるのです。

他にはバンフにあるホットスプリングス(Upper Hot Springsといいます)にも入っています。いずれもナショナルパークが管理・運営するもので安い入湯料で入ることができます。

(2)カナディアンロッキーの湖は美しい宝石のよう

カナディアンロッキーを旅する中で,色々な山や湖をめぐり,その周辺を歩いています。そこで感じたのは,湖の色の美しさということです。エメラルドグリーンの美しさを誇るエメラルドレイクや,透明で澄んだ色のボーレイク(ここでは湖の周辺をホースバックライディングで回りました)。それ以外にも乳白色がかったブルーの湖が至る所にあり,本当にきれいな色の湖が多いのです。しかもその色が場所により少しずつ違います。何が原因でこのような色になるのかわかりません。氷河や雪解け水が流れ込むと乳白色となっているのは,ヨーロッパアルプスでも体験していますが,カナディアンロッキーの湖の色はそこにブルーの色が混入しており,きれいな宝石のような色をしているのです。ところで透明で澄んだ色のボーレイクで,朝日があたる早朝には,色が乳白色変わって見えるのを発見しました。不思議な現象です。

(3)いろいろなアクティビティも経験しました

フォートレストレイクロッジは,湖のほとりにありましたので,ここでカヤッキングを体験しました。乗ったのは,二人乗りのカヤックでしたが,乗り込んでから足でペダルのようなものを踏み込みながらカヤックの後部についたヒレのようなもので方向を調整しながら進むようになっています。湖の中をカヤックでゆっくりと進んで対岸へ行き,そこから静寂な森の中を散策したのでした。

バカブーロッジでは,近くの小さな湖で参加者間のカヌー競争をしました。これも二人1組でチームを作り,右側用と左側用のオールを2人で分担して漕ぎ,早さを競うのです。2人で左右のバランスを取らないと素早くまっすぐに進みません。京子はアメリカ人の女性と組み,バランス良く進み,相手チームを圧倒しました。これは,ロッジの宿泊者同士が仲良くなる工夫でしょうか。終わった後は,キャンプファイヤーで交流を深めたのです。

カナディアンロッキーの中を流れるキッキングホースリバーでは,ラフティングを体験しています。大きなゴムボートに,ヘルメットとライフジャケットを着て,数名で乗り込み,急流を下ります。川の水は雪解け水ですから非常に冷たいですが,夏場でしたからあまり気にならず急流を下ることができました。でも途中,滝壺のようなところで,ゴムボートから降りて,近くの岩の上から川の中心に向かって飛び込むように言われました。私は挑戦しませんでしたが,京子はそれにチャレンジしたところ,「水の中は心臓が凍るかと思う程冷たかった」とのことです。キッキングホースリバーとは「暴れ馬の川」という意味でしょうから,何となく急流を下るラフティングの様子が想像できますネ。

バカブーロッジでは,ヘリハイクを体験しました。これはロッジの近くの山の頂までヘリでいき,そこからハイキングをするものです。下から歩いて山頂に行くのと違い,いきなり山頂まで連れて行ってもらい,山の尾根を歩くのですから,体力はあまりいりません。そこで,高山植物や小動物を探しながら,ゆっくり歩くのも楽しいものでした。その最中にモスキャンピオン(Moss Campion)という岩にへばりついて生えているピンク色の小さな植物を知りました。いろいろな高山植物の写真を撮りながら歩く熟年夫婦もいて楽しいものでした。

(4)小熊のベリーピッキングに驚く

フォートレストレイクロッジでは,驚きの体験をしました。私達が泊まっていた小さなテント風のロッジでのことです。明け方に外でごそごそと音がしました。風が吹いているのかと思っていたら,朝起きてみると外に置いてあった京子の登山靴の底がかみ切られていたのです。犯人は子熊でした。近くにはたくさんベリーが生えており,子熊がそれを食べに来ていたのです。やむを得ず京子は底の破れた靴をテープで補強して旅を続けたのです。カナディアンロッキーにはいろんなベリー(いちご)がはえており,ベリーピッキングを楽しむと聞いたことがありました。

 

6.最後にマウントロブソンでのキャンプ巡りをお話しします

(1)初めてのキャンプを体験する

私達はカナディアンロッキーでは主に宿に泊まりながらハイキングやトレッキング中心の旅をしていました。でもカナディアンロッキーで唯一キャンプを経験したことがあります。それがマウントロブソン(Mount Robson)のキャンプグランドでのキャンプです。

マウントロブソンは,カナディアンロッキー山脈の中では最高峰の山(3954m)で,1913年に初登頂されて以来,人気のある山となっています。

マウントロブソンへの登頂を目指すキャンプグランドまで行くには,登山口から歩くより方法はなく,途中,宿泊施設がないため,通常はテントの用意が必要となります。私達はテントを準備していなかったので,ロブソンアドベンチャーセンターに行き,そこからマウントロブソンが正面に見えるバークレイク(Berg Lake) のキャンプグラウンドまでヘリで連れて行ってもらうことを選択しました(勿論事前に予約しておく必要があります)。

ところが,指定された朝8時にアドベンチャーセンターに行ってみると誰もおりません。おかしいと思って中を覗いてみると,京子が「まだ7時だ」と叫びました。マウントロブソンはブリティッシュコロンビア(British Columnia)州にあり,私達がいた隣のアルバータ(Alberta)州より1時間遅いことに気が付いたのです。アルバータ州はこの時期,山時間(マウンティンタイム)で通常より1時間早いのです。しばらくして,7時半頃にガイドのBrentがやってきました。彼は,「我々が時間を間違えているかもしれない」と少し早めに来てくれました。

マウントロブソンは,ブリティッシュコロンビア州のマウントロブソン州立公園内にあり,東側はアルバータ州のジャスパーナショナルパークに隣接しています。通常バークレイクのキャンプ場へ行くには,ジャスパーから車で西へ約1時間と少しかけて登山口に行き,そこで車を降りて,山道を21キロ歩いて,目的地へ行きます。そのため往復するにはテントの準備が必要となるのです。

我々は,マウントロブソンのキャンプグランドでの滞在が旅の目的ではなかったため,キャンプ用品の準備はしていませんでした。そのため,アドベンチャーセンターのBrentにキャンプ用具の準備を全て委ねて,ヘリでキャンプグランドまで飛んだのです。

そこでテントを張り泊まることにしました。ここはバークレイクとマウントロブソンが正面に見える素晴らしいところでした。カナディアンロッキーの旅で初めてのキャンプの体験でした。

(2)マウントロブソン山頂がめずらしく晴れ渡る

翌朝6時半に起きて,マウントロブソンを見上げると,頂上付近にある雲が跡切れ,徐々に晴れてきました。しばらくしてBrentはUnbelievableを連発します。この辺は雨が多い地域で,なかなかマウントロブソンの頂上は晴れることがないらしく,ところがこの日は珍しく9時前頃には完全に頂上が晴れて山の全貌が見えたのです。

この日の午前中私達は,ロブソングレーシャーへ行き,氷河の上を歩きました。氷河の上は滑りやすくクレパスに落ちたら大変です。でも少しずつ氷河が迫り上がり,解けて小さくなっているのがわかりました。現在と昔の比較のため,数10年前の氷河の位置が表示されていたからです。地球の温暖化の影響が表れているのでしょう。

氷河から戻ってみると,昼食用のバーガーをカラスに盗まれてしまったことがわかりました。Brentは謝りましたが,我々は正直言ってテントでの食事には期待していなかったので気になりませんでした。

そして,その後,次のキャンプ地のホワイトホーンキャンプグランドに向かうことにしました。

(3)日本人の登山グループと出会う

その途中で,2人の日本人連れに出会いました。彼らのパーティーが「マウントロブソンで一番難しいと言われている南の壁面からの登頂を目指している」とのことで,相模原の山岳会のメンバーでした。しかし,「登頂隊と連絡がとれず心配だ」と言いつつ,「もし予定の時間を過ぎても戻らなければ,自動的に救援隊が出ることになっている」と説明してくれました。この日は登頂隊が山頂の直下で「ビバーグ」しているはずだとのことでした。

2日目のキャンプも何とか乗り切れました。我々は次の休憩地のキニーレイクへ向かって山を下りました。するとそこで前日の相模原の山岳会のメンバーが待機しており,登頂隊からの連絡を待っていました。その時交信が入り,「昨日の朝9時15分頃に登頂に成功した」との連絡です。思わず歓声が上がりました。メンバーは女性を含む6人で,3人が登頂を目指していたとのこと,丁度BrentがUnbelievableを連発したあの直後に登頂に成功したようです。2度目のチャレンジとのことでした。

さて,このキャンプ巡りで知らされたことは,自然の厳しさと偉大さです。これでもかこれでもかと自然は人間に迫ってきます。その中で人間は自然と共に生きていることを知らされた日々でした。

京子はそれ以来,「自分もマウントロブソンにチャレンジしてみたい」と言い出しており,「機会があれば」と考えているようです。

 

7.結びにかえて

カナディアンロッキーの旅は,一言でいえば,自然の中で生きている自分を知る旅でした。あまりにも雄大な自然に圧倒されながらも,そこにぽつんと存在している自分を感じながらの旅です。でもこの時にはまだ山登りにチャレンジするというより,「自然とどのようにかかわるのか」ということが目的の旅だったと思います。

その後はヨーロッパアルプスの山歩きを体験する中で,徐々に山登りの旅へと変化してゆきました。

私たちはカナディアンロッキーの雄大な自然に触れることができ,感謝したいと思っています。

シャモニーのスキー日記

画像

シャモニー観光協会に掲載されているグランモンテのスキーエリアの写真

1.スキー日記のきっかけを語る
私達夫婦は,ヨーロッパアルプスの中心地の1つ,フランスのシャモニーという街が大好きです。もう10数回はここに来ているでしょうか。その目的は,ヨーロッパアルプスでの山歩き,トレッキングがメインの滞在型の旅行です。妻の京子はトレッキング,山歩きを卒業し,最近は,モンブランなど4000m以上の山々への本格的な登山へとシフトしています。
ところで,私がシャモニーでの滞在日記を書くのは,今回で3度目となります。
第1回目は,京子がアルプスの4000m以上の山々にシャモニーの山岳組合のガイドと一緒に挑戦している最中に,宿で避暑を兼ねながら「税金裁判ものがたり」という本の執筆をした時の様子を書き下ろしたシャモニーでの執筆日記です。これを読んだ多くの友人がシャモニーでの執筆が仕事の合間の活力源になっていることを知り,高く評価してくれた様です。
次いで第2回目は,私が弁護士10年で自分の事務所を持ち,自由に京子と二人で海外旅行をするようになり,トレッキングや山登りを楽しんできた様子を記したシャモニーでの滞在日記です。この中ではシャモニーの観光協会で働いていたベルナデットさんと親しくなり,いろいろお世話になった様子をベースにして,私と京子のシャモニーでの滞在の様子を書きました。
そして3回目が今回です。今回は,シャモニーを起点にしたスキー目的での滞在の様子をこれまでの経過を踏まえて,ご披露したいと思います。
ところで,これまでシャモニーには主に夏に来ていました。それは,夏場は裁判の期日が入らず比較的長期の休みが取り易かったからです。でも,3月の中旬以降4月の上旬までの間は意外と裁判期日が入らないことに気が付きました。それは,裁判官の異動時期であり継続中の裁判が事実上入らないことが多いためです。
そこで,シャモニーの山岳組合の企画で,「冬場に何か楽しめるものはないか」を検索してみたところ,スキーツアーやスノーシューイングツアーがあることを知りました。そのため,まずスノーシューイングのツアーに参加してみようと思いました。雪の中をスノーシューをつけて歩くのは思ったより大変でした。場所によっては体半分位雪の中に沈んでしまいます。でも汗をかいてからシャモニー郊外にあるスパに入るのは楽しいものでした。特にモンブランのイタリア側の拠点,クールマイヤーには,山に囲まれた中に大きな温泉のような施設があり(水着をつけて入ります),疲れた体を癒すには絶好の場所でした。
ところで,スノーシューイングのためクールマイヤーに行った時と思います。小さな子供(4歳から5歳位)がお父さんと一緒にクロスカントリースキーを楽しそうにしているのを見かけました。スノーシューイングと違って,クロスカントリースキーでは,スティックを持ち早歩きをするように両手を交互に振りながら前に進むので,私でも簡単にできるのではないかと思ったのです(これが大間違いであったことは後でお話しします)。

2.フローリアンの誘いに乗る
ところでシャモニーへ戻ってからです。ベルナデットさんにこのことを話すと,シャモニーの山岳組合にあるクロスカントリーの教室の存在とスキー場を教えてくれました。そこで,初めて翌年シャモニーでクロスカントリースキーにチャレンジすることにしたのです。それが2013年の3月のことです。
クロスカントリーには,歩くように進むクラッシクな方法と,スケートのような方法で片足で蹴りながら進む方法の2通りあるようです。我々は初めてなので歩くようにして進む方法を教えてもらうことにしました。そこで,クロスカントリーオフィスの近くにあるスポーツ店でクロスカントリー用のスキー板(クラシック用)と靴を借り,準備をしました。この時の講師は,50歳位の小柄な女性で,親切に基礎から教えてくれました。我々の滑ったシャモニーの初心者用のクロスカントリーのコースは全く平坦なコースでしたので,無事初滑りを楽しむことができたのです(勿論,山の中を走る上級コースも併設されていますが,私たちの選択外です)。
このクロスカントリーのスキーコースは,夏場は私のお気に入りの散策コースのすぐ隣に位置しており,お弁当を持って林の中を歩くのが楽しみなところだったのです。
丁度,この頃です。京子は山岳組合でモンブランの登頂にチャレンジするために,若いガイドを紹介してもらいました。それが,フローリアンというガイドでした。彼は長野オリンピックやワールドカップに何度も参加したことがあるクロスカントリーの選手です。シャモニーでは,スキーのワールドカップが開催されたこともあり,その彼が,翌2014年の夏に京子をモンブランに連れて行ってくれたのです。
ところが2016年頃,彼が私達に,「クロスカントリースキーを教えてあげるから冬に来ないか」と誘ってきたのです。私たちはそれを聞いて驚くと同時に,にわかに色めき立ちました。特に京子は高校時代にスキーをして以来の本格的スキーでもあり,私が全くスキーをしたことがなかったため,半分スキーを楽しむことを諦めていたからです。

3.クロスカントリースキーでの悲劇が発生
それからです。私達夫婦の日本でのスキーの特訓が始まりました。とはいっても,私は60歳を過ぎてから初めてのスキーでしたので大変です。最初に京子の実家の岡山から比較的近い大山・蒜山のスキー場でスキー教室に参加し,子供たちと一緒に,講師の先生から手ほどきを受けました。その内容は,両足でスキー板を八の字に広げてスピードをコントロールしながら滑るボーゲンという方法をマスターすることです。
京子は「昔とった杵柄」ですぐにボーゲンを何とかマスターして滑れるようになりました。でも私はなかなかうまくできません。これでも,中学時代は器械体操の選手として地方大会で個人総合優勝をしたこともあり,もう少し運動能力があると思っていましたが,残念ながら年齢には勝てません。それでも機会を重ねる毎に少しずつ滑れるようになり,2017年3月に遂にフローリアンに,クロスカントリースキーに連れて行ってもらうことしたのです。でも,そこでとんでもない悲劇が待ち受けていました。
2017年3月15日にシャモニーの宿サボアに着き,翌朝9時にフローリアンが車でサボアに迎えに来てくれました。早速クロスカントリー用のスキー板と靴をレンタルショップで借りて,モンブラントンネルを超えたところにあるイタリア側のクールマイヤーの広いクロスカントリー用のスキー場へ出かけました。
フローリアンには「私は全くのビギナーだから」と念を押しておき,安全な場所で教えてもらえるようにしました。そのせいか,午前中は何とか転ばずに必死に滑りきることができました。それは予めコースには2本のシュプールができており,その上を滑って行けばコースを外れず進むことができて,安全なように思えたからでした。でも,いきなり2時間以上も走ったため,汗をかき,かなり足元がふらつき出しました。何とか昼食をとり休憩することができましたが,その直後でした。バランスを崩して頭からステンと転んでしまいました。おそらくまだ疲労が蓄積していたと思います。その後は遅れがちな私をおいて,京子は一人で先に行ってしまい,やむを得ずフローリアンは私に付き添いながら一緒に滑ってくれました。
その時です。私は,ちょっと下り坂となっていたところで,大きくバランスを崩してまた転んでしまったのです。ところが,スティックが左手から離れず,スティックを持ったまま左手が体の内側に入り,左肘で左胸を強打してしまい,しばらく起き上がることは勿論,動くこともできません。フローリアンの手助けでやっとのことで起き上がることができたものの,痛くてもう滑ることはできず,ゆっくり歩いて駐車場まで戻ったのです。

4.怪我の教訓は何か
さて,この時の教訓として,「スティックの先についている紐の穴には手首を通すことはせず,紐の上からスティックを握らないと転んだ時にスティックが手から離れず,非常に危険なこととなり得る」ということです。このことは京子から「日本山岳会でも教えてもらったことだ」と聞きました。以後,私はスティックを紐の上から持つようにしたことは言うまでもありません。
日本に帰ってからすぐ病院でCTをとってもらったところ,肋骨が4本も折れていたということでした。私はこの冬にシャモニーに着いて,わずか2日目で負傷してしまったために,以後は宿で寝ているだけの,散々なクロスカントリースキー旅行だったのです。
ところで,余談となりますが,実はもっと辛いことがありました。当時は肋骨が4本も折れていたことを知りませんでした。しかしそのせいか,ベッドから自由に起き上がることもできず,くしゃみをすると胸に響いて痛くてたまりません。それに追い打ちをかけたのが,運動不足で内臓が不活発となり,トイレで踏ん張ることができません。そのためひどい便秘に苦しめられたのです。ジュネーブ空港のクリニックで便秘の薬をもらいましたがすぐには効果がありません。結局,日本に戻って病院で薬をもらってから便通が生じ,やっと楽になった次第です。
以後,私は海外に出るときには,念のため必ず便秘の薬を持参するようにしました。尾籠な話で申し訳ありませんが,日本の「ウォシュレット」は,私にとって「ノーベル賞級のすごい発明だ」と思います。日本にいるときには,このおかげで常にお尻を刺激するため,便秘にならずに済むようになったからです。海外では国際空港でも「ウォシュレット」付きの便座は私が知る限りまだありません(但し,日本の関西空港にはあります)。
クロスカントリースキーと言えども,アルペンスキーと同じようにボーゲンの十分な練習が絶対に必要だと思った次第です(後日,京子の話によると,クロスカントリーでのボーゲンは腰を落して足に力を入れないとブレーキがきかないとのことです)。
それからは,京子と二人で冬の時期には比較的近くのスキー場を中心に出かけて練習をしました。蒜山のベアバレースキー場,琵琶湖バレースキー場,箱館山スキー場などです。私はかろうじてボーゲンで滑れるようになり,京子はボーゲンからスキー板を平行にして滑るパラレルへと進化し出したのです。

5.ベルトランドを紹介される
さて,2018年3月,フローリアンに再度クロスカントリースキーに連れて行ってもらうため,連絡を取りました。ところが,フローリアンから,我々が予定していた3月中旬は,山岳組合の企画するシャモニーからチェルマットに1週間かけてスキーで移動する「オートルート」のガイドの予定が入っており,私たちを,ガイドをすることはできないとの連絡を受けました。
この「オートルート」の企画には,これまで夏に一度参加したことがありましたが,3000m級の峠をいくつも超えてアルプスの山の中を泊り歩くかなりハードな上級のトレッキングコースです。これをスキーを履いて超えるということは,かなり力量のあるガイドでないと無理だと思いました。おそらく,オリンピックにも出場の経験のあるフローリアンに白羽の矢が立ったのだと思います。
そのため,フローリアンは,同じようにシャモニーでガイドをしている兄のベルトランドを私達に紹介してくれました。おそらくガイドとしてはフローリアンの方がキャリアは長いと思います。特に「クロスカントリースキーの能力では,フローリアンの方が圧倒的に上だった」と彼は言いました。そうは言っても,彼の夢も「長野オリンピックに出ることだった」と語ってくれました。ベルトランドは,いかにもスキーの講師という感じで,フローリアンと違ってとても親切そうな感じでした。
この時ベルトランドにスキーのガイドをお願いしたのは,3月19日(月)から5日間のプライベートレッスンです。でも,天候の悪い日もあり,行ったのはルトゥール(シャラミオン),レジュース(プラリオン),クールマイヤーです。
その間,私は宿の前にあるサボアのゲレンデで休憩を十分とりながら滑る毎日でした。ここは明らかに初級用のゲレンデですから,危険はほとんどありません。長・短のTボンバー2本(股にバーを挟むと引っ掛けるように引っ張ってくれながら進む簡易のリフトのようなもので,チェアーリフトすらないところに設置されています。でも日本では見かけません)と動く歩道のようなレーンがあり,小さな子供も遊んでいます。ここで,ボーゲンでSの字で下りつつ滑る練習をしたのです。日本での練習の効果は十分あったと思います。でもTボンバーはしっかりと立ち,股でバーをしっかり挟んでスキーを滑らせながら進まないとバランスを崩してしまうことがあり,私は慣れるまで2,3回転びました。
他方,京子はベルトランドにそれぞれのスキーエリアの上級用のコースにも連れて行ってもらったようで,何とかボーゲンではなくパラレルでのSの字での降下もできるようになったようです。
次の課題はパラレルでエッジ(ブレーキをかけること)をきかせながらターンをしつつ急な下りを降下することです。映画やビデオなどでスキーをつけたままブレーキをかけながら急斜面を下っている姿を見かけることがありますが,これがパラレルターンで,かなりの熟練者でないとできないことなのです。

6.スキーは年をとってもできるスポーツと教えられる
さて,この年の5月頃です。私のシャモニーでの山歩き,山登りの様子を書いた本を見て,私の友人である同期の弁護士が「シャモニーに行ってみたいので話を聞かせて欲しい」と電話がありました。彼は最近に至り,奥さんと一緒にスキーに凝っており,スイスのツェルマットで滑ったことがあると話してくれたのです。彼の話によると,「スキーは,山登りとは違って,下る方だから年をとっても十分に楽しめるスポーツで,70歳以上の年寄りを対象にしたツアーもある」と教えてくれました。私にとって山登りには限界を感ずる年齢となってきたこともあり,この言葉に大いに勇気づけられたのです。彼は「シャモニーへ行ってみたい」と話していましたが,今回の私のシャモニーのスキー日記を見たら,「冬の時期,スキーをしにシャモニーへ行ってみたい」と言い出すかもしれません。元気なうちにいろいろなところへ行ってみたいと思うことは素晴らしいことだと思う昨今です。

7.バリーブランシュを目指す
さて,いよいよ今回のメインテーマとしての2019年3月のスキーの旅行のお話をしましょう。
今年は,昨年より1週間予定を早めて,フローリアンにガイドをお願いしようと連絡をしましたが,丁度私たちが予定した期間(3月9日から3月16日)は,すでに別の予定が入ってしまい,「兄のベルトランドに頼んでほしい」とのことでした。
実は,京子にしてみれば,フローリアンのクロスカントリースキーよりも,シャモニーの街の中心にあるゴンドラでエギュードミディの頂上まで行き,そこから「馬の背」のような細い場所を下って約3800m地点の雪の積った氷河の上から麓のシャモニーの街まで約23kmに亘って標高差2000mを滑り降りるバリーブランシュ(LA VALIEE BLANCHE)で滑ってみたいと思っていたようです。ベルトランドは「上達すれば,バリーブランシュにも連れて行ってあげるよ」と京子を前年に誘っていた様です。京子は,好都合とばかりにベルトランドにバリーブランシュに連れて行って欲しいとお願いしました。ベルトランドは,「もう少しうまくなることに加え,気象条件が良ければ,OK」という返事です。
私はたまげてしまいました。「マッターホルンに登りたい」と言い出した時にも驚きましたが,モンブラン(4800m以上)を含め,4000m以上のアルプスの山々を登りつつ,着々とマッターホルンへの登頂の準備をしている京子の様子から見て,もはやこれを止めることはできません。ついにバリーブランシュでのスキーに向けての準備が始まったのです。
さて,2019年3月10日の朝9時にベルトランドは京子を迎えに私達のシャモニーでの宿にやってきました。この日は,天候があまり良くなかったので,最初は「リフトの動いているレジュース(プラリオン)へ行く」と言います。私と京子はとりあえず,アルペン用のスキー板と靴をレンタルするために(日本でのレンタル料よりかなり安いです)スポーツ店に連れて行ってもらい,京子はレジュースへ,私は宿に戻って,すぐ前のサボアのゲレンデで滑ることにしたのです。
ところで,今年京子はバリーブランシュにチャレンジしてみたい,と思っていたため,日本では,かなり長くて高低差のあるゲレンデのあるスキー場に練習に行きました。特に地元で恒例となっている催しの,スキー合宿が長野県内のスキー場であり,それにも参加して腕を磨く努力をしているようでした。それ以外にも兵庫県の峰山スキー場や,福井県の勝山市内の大きいスキー場にも私と一緒に出掛けてパラレルで滑る練習をしたのです。
この時です,私はかなりのスピードでゲレンデを滑り降りてくる京子の姿をみて,「腕を上げたなあ」と正直驚いたのです。それが,今年シャモニーにくる1週間前のことでした。
でもシャモニーのスキー場は,日本のスキー場と比べてそんなに甘いものではありません。私が滑っているサボアのゲレンデは別格ですが,大抵のスキー場は,格段に広くて高低差の大きいところが多く,オフピステ(これはゲレンデの外という意味のようです)も存在しており,ベルトランドは,意識的にゲレンデからはずれてオフピステでも滑らせるようにしたのです。
ところで,シャモニー近辺での多くのスキー場ではレベルに応じてポールで色分けがしてあります。黒色が最上級者用の表示で,さらに上級者用の赤色,中級者用の青色,初級者用の緑色と表示されていますが,それ以外にもオフピステがあります。ベルトランドは,黒色や赤色のコースやオフピステのコースを選んで滑らせることが始まったのです。明らかに,バリーブランシュでのスキーを意識しているようでした。でもレジュースでの滑りで,彼は京子に「うまくなった」と言い,前年より進歩しつつあることを認めたのでした。
しかし,翌日またもや私に悲劇が起きてしまいました。私は基本的には無理をせず,初心者用のサボアのゲレンデで,スキー日記を書きながらシャモニーの宿で過ごす予定でしたが,欲張って「1回位はもう少し広い初級者用のゲレンデのあるルトゥールのスキーエリアに連れて行ってほしい」とお願いしていたのです。ルトゥールは夏には私の一番のお気に入りのハイキングコースの1つで,広々とした景色の中を歩くのは最高でしたから,スキーのコースとしてでも素晴らしいはずだと思っていたからです。ベルトランドは,そのため翌3月11日には私も一緒にルトゥールへ連れて行こうとしていたようでしたが,あいにく天候が悪く,ルトゥールのゴンドラは動いていませんでした。やむを得ず,クールマイヤーのスキーエリアに私と京子を連れて行ったのです。
しかし,クールマイヤーでも強風のため,一部しかリフトは動いておりません。とりあえず可能なところまでリフトで上がり,初級用のコースへ私と京子を連れて行きました。でもあまりに風が強く,私の技量ではうまく滑れません。結局転んで左足の膝をひねってしまったため,私はベルトランドの背中に,真後ろから子亀のようにつかまりながら,ボーゲンでゆっくりゲレンデを下ることになったのです。
宿に戻り,足の様子を確認しましたが,左足膝の捻挫のようで,力を入れると痛いのです。そこでそのまま,今回はこれ以上のスキーを断念することになってしまいました。

8.天候は回復せず
他方,京子の方は,レジュース,ルトゥール,ブレバン,グランモンテと次々シャモニーにある著名なスキーエリアに連れて行ってもらいました。そのうちでもグランモンテは,広くて見晴らしの良い上級者用のスキーコースで氷河の上を滑ることができる大変人気のあるスキーエリアだとのことです。そこで,ベルトランドは,いずれも黒色の最上級者コースや赤色の上級者コースの外,オフピステにも誘導して滑っていきます。オフピステでは通常のゲレンデから外れているため,圧雪はされていません。さらに新雪が積っていることが多く,膝の下まで雪に埋もれた状態でスキーを滑らすことになるとのことでした。その際にベルトランドは,「新雪が積っているところでは,絶対ボーゲンをしてはならない,必ずパラレルで滑るように」と京子に教えていました。でも急斜面で怖くなると,どうしても無意識のうちにボーゲンで八の字のようにスキー板を開き,スピードをコントロールしようとしてしまうと京子は言います。すると,とたんバランスを崩して転んでしまうのだそうです。この辺の感覚は,私が体験したことではないから良くわかりませんが,「雪の中ではパラレルでスキー板を広げずに進むようにしないと,スキー板の間に雪が入り込みバランスを崩してしまう」と言うのでした。
結局のところ,パラレルでエッジをきかせながら滑り降りる,パラレルターンができるようにならないとバリーブランシュでは困難なようです。京子は,「オフピステでは何回転んだかわからない」と言い出す有様で,天候が回復して新雪がもう少し,少なくなってほしいと思った様子でした。

9.スキー日記の終わりに向けて
今年の3月上旬は天候が不順のため,雪や雨が多く,我々がシャモニーに滞在中には「バリーブランシュでのスキーは山岳組合でも中止している」とのことでした。ベルトランドは,この時期,まだバリーブランシュには1m50cmから2m位の新雪が積っているため,とても無理だろうと判断しているようで,冗談半分に,両手を広げて「swim,swim」と「雪の中をかき分けることになる」と言いました。
バリーブランシュでのスキーのベストシーズンはもう少し遅く,新雪が解けて固まる3月下旬から4月上旬にかけてとのことらしいです。我々が今回3月上旬にまで早めてシャモニーに来たことは裏目だったようで,フローリアンは,我々をクロスカントリースキーに連れて行こうとしていたためだろうと思います。
でも,京子はバリーブランシュに挑戦するため,日本に帰ってパラレルターンを本格的にマスターしようと決意を新たにしているようです。
最後にここで印象的な言葉を思い出しました。以前,フローリアンにスキーに連れて行ってもらう際に,「スキー用の足はできているのか」と言われたことがあります。その時は良くわかりませんでしたが,今回ベルトランドにオフピステに連れて行ってもらい,新雪の中を滑ったせいか京子は毎日のように「太ももが痛い」と私に訴えて,マッサージを要求したのです。圧雪されていないオフピステで雪をかき分け滑るには,かなり足の筋力が必要で,「スキー用の足を作っておくことが必要だ」,という意味のようでした。今回,京子にとってその意味を実感したスキーの旅でした。
今回のスキー日記は2019年3月9日から3月18日までのシャモニーでの滞在の様子を中心に記したものです。(関戸一考記)

 

税務署も認知症に弱い?

先日,認知症で行方不明となる人が,年間1万人に迫るという報道に接した。
私のところでも,認知症をめぐる問題は近時増加している。
最近,「認知症の親から贈与を受けたが,贈与税の申告をしなかったために,
多額の贈与税と無申告加算税を受けたが,何とかならないか」という相談を受けた。
どうも親のマンションを管理していた娘が,多額の修理費がかかるのを避けるために
別の娘に強引に贈与させたらしいことがわかった。
調べてみると,親はかなり前からアルツハイマー型の認知症だったようだ。
それで,その旨の診断書と最近の裁判例をつけて,贈与の無効を理由とする
減額更正請求手続きをしたところ,税務署は,あっさりとこれを認めて,
収めた税を還付してきた。
税務署も認知症には勝てないようだ。