相続法制の改正を考える(その5)

 相続法制の改正を考える(その5)

1.はじめに

これまで4回に亘って,相続法制の改正の内容の解説をしました。今回の5回目で最後です。そこで,改めてその内容を振り返ってみたいと思います。

その1では,相続法制改正の契機と,法改正の全体像を示しました。

その2では,配偶者保護のための方策を解説しました。

その3では,遺言利用促進規定と,関係者の公平を図る規定を解説しました。

その4では,預貯金の払戻制度と,遺留分制度の改正内容を解説しました。

その5では,相続の効力等に関する見直しと,遺言執行者の権限を解説します。

 

2.相続の効力等に関する見直しについて

(1)ここでの見直しの内容はどのようなものでしょうか

それは,「相続させる旨の遺言」について「対抗要件主義」を採用したことです。対抗要件主義とは,対抗要件の先後で,対立する権利の優劣を決する考え方をいいます。その内容は次のとおりです。

(新民法889条の2第1項の内容)

相続による権利の承継は,法定相続分を超える部分については登記・登録,その他対抗要件を備えなければ第三者に対抗できない,とするものです。

 

 

 

 

(2)見直しの理由を示します

  ア 従前,「相続させる旨の遺言(これを「特定財産承継遺言」と呼びます)」による権利の承継は,遺産分割や遺贈の場合と異なり,「登記等がなくとも第三者に対抗できる」とするのが,最高裁判例(平成14.6.10)でした。

しかし,それでは「遺言の有無及び内容」を全く知らない相続債権者などの第三者の利益が不当に害される恐れがあるため,特定財産承継遺言による法定相続分を超える部分を第三者に対抗するためには,遺産分割や遺贈と同様に,対抗要件が必要とされたのです。

イ ところで,承継された権利が「債権の場合」には,「債権者からの通知又は債務者の承諾」が民法上は対抗要件とされていますが,その際の特則が定められました。その内容を示します。

(新民法899条の2第2項の内容)

前項(第1項のこと)の権利が「債権である場合」,法定相続分を超えて,当該債権を承継した共同相続人が「遺言の内容」や遺産分割により債権を承継した場合には「遺産分割の内容」を,明らかにして債務者に「その承継を通知」したときは,共同相続人全員が債務者に通知したものとみなして,前項の規定を適用する。

 

 

 

 

 

 

 

(3)債権の特則が定められた理由を明らかにします

本来従前の規定では「債権者からの通知」は,共同相続人全員でする必要がありました。ところが,共同相続人間でもめているときには,必ずしも全員ですることができないこともあるため,「受益相続人が単独で通知」できるようにしたものです。

しかし,その際,虚偽の通知によることを防止するため,通知の際に「遺言の内容」や「遺産分割の内容」を「明らかにする」ことが要求されたものです。

但し,「遺言の内容」や「遺産分割の内容」を債務者ではなく第三者に対抗するためには,確定日付のある証書(通常は内容証明郵便を利用することが多い)によることが必要となります(これは民法上の原則です)。

これにより,相続債権者や被相続人の債務者は,受益相続人が対抗要件を具備するまでは,法定相続分を前提として権利行使・義務履行をすれば足りるということになります。

 

3.遺言執行者の権限の明確化

遺言執行者が選任された場合の権限は,以下のとおりです。

(1)遺言執行者の任務開始に伴う通知内容(新民法1007条2項)

遺言執行者は,任務開始に伴い,遅滞なく「遺言内容」を相続人に通知することとされています。

(2)遺言執行者の権利義務(新民法1012条)

ア 遺言執行者の権限は,「遺言の内容を実現するために必要な行為をする権利義務」と明記されました(同条1項)。

イ 「遺贈の履行」は,遺言執行者のみが行うことが確認されました(同条2項)。

(3)遺言執行の妨害行為の禁止規定(新民法1013条1項・2項・3項)

ア 相続人による財産処分などの遺言執行に対する妨害行為は禁止され(同条1項),違反してなされた行為は無効とされつつも(同条2項),善意の第三者には対抗できないとされました(同条2項但書)。

イ それに対し,相続人の債権者等の権利行使(例えば差押えなど)は,妨害行為として無効とはならず(同条3項),対抗問題とされています。

(4)特定財産に関する遺言の執行(新民法1014条2項・3項)

ア 特定財産承継遺言があったときは,遺言執行者は新民法899条の2第1項(法定相続分を超える部分の対抗要件を定めた規定)に必要な行為をすることができると定められています(同条2項)。

イ それが預貯金債権である場合には,「対抗要件の具備」の外「払い戻し請求」や「解約の申入れ」もできる,とされました(但し,解約申し入れは,その全部が当該遺言の対象となっている時に限られます)。

(5)遺言執行者の行為の効果(新民法1015条)

遺言執行者が「遺言執行者であることを示してした行為」は相続人に対し,「直接その効力が生ずる」とされました。これにより,不動産登記実務上も遺言執行者が単独で「相続による権利の移転登記申請」ができるようになりました。

(6)遺言執行者の復任権(新民法1016条)

ア 遺言執行者は原則として,自己の責任で第三者にその任務を行わせることができます(同条1項)。

イ しかし,やむを得ない事由によって第三者に行わせるときには,相続人に対し,その選任監督についてのみ責任を負うこととされました(同条第2項)。

以上の内容が,遺言執行者の権限について明確化された相続法改正の内容です。

 

4.まとめにかえて

5回にわたって相続法制の改正について主だった点の解説をしました。

今回の相続法制の改正は,相続法の全般に及ぶもので,少子高齢化社会の到来と共に多くの国民に直接かかわる内容がかなり含まれています。相続問題にかかわることが多い弁護士や税理士がその内容を正確に理解しておかないと,思わぬ過誤を引き起こさないとも限りません。

今回の改正部分は,大半が施行日がすでに到来しています。しかし,配偶者居住権(2020年4月1日施行)や遺言書の保管制度(2020年7月10日施行)などは,施行日は未到来ですので注意して下さい。

実務家の皆様には,改正の基本的な内容を頭に入れながら,直接改正条文や法文の内容を確認していただきたいと願っております。

以上をもって「相続法制の改正を考える」を終わります。

 

弁護士関戸一考,弁護士関戸京子