相続法制の改正を考える(その4)

 相続法制の改正を考える(その4)

1.はじめに

相続法制の改正の内容を,これまで,①配偶者の保護,②遺言書の利用の促進,③利害関係人の公平を図る制度,の3つの観点からその内容を解説しました。

今回はそれ以外の改正点で,重要なものの解説をします。

 

2.遺言分割前の預貯金の払戻制度の新設

(1)新設された内容

遺産分割前に発生した「相続人の生活費」「葬儀費」「相続債務の弁済」などの資金需要に対応できるようにするため,相続された預貯金債権について,共同相続人が「単独」で払戻しを受けられる制度が新設されました。

(2)何故この制度が新設されたのでしょうか

   そのきっかけは,平成28年12月19日に出された最高裁決定にあります。この決定は「預貯金債権は遺産分割の対象財産に含まれる」と判断したため,共同相続人は,遺産分割が終了するまで,預貯金の払戻しが出来なくなったからです。それまでは,預貯金は,法定相続分に応じて当然分割される(民法427条)と解されていたため,遺産分割の対象財産ではなく,遺産分割協議成立前でも自己の持分相当額を払い戻すことができていました。それがこの変更決定でできなくなり,その不都合を解消させるために,新たにこの制度が新設されたのです。

(3)新設された制度は2つあります

ア 金融機関の窓口で,預金債権の一定割合については,相続人が単独で,支払いを受けられる制度の新設がなされました(新民法909条の2)。

その場合,払い戻しができる金額の具体的な計算式は次のとおりです。

「預貯金債権額×1/3×法定相続分」となります。但し,単独で払い戻しを受けられる額は1金融機関ごとに「150万円が上限」とされています。

イ 遺産分割の審判前の保全処分の要件が緩和されました

家庭裁判所に遺産分割の調停・審判が申し立てられた際に認められる保全処分で,「仮払いの必要性」があれば,他の相続人の利益を害さない限り,「仮の取得」(仮払い)が認められるようになりました(家事事件手続法200条に3項が追加されました)。

 

3.遺留分減殺請求の金銭債権化の創設

(1)創設された内容(新民法1046条・1047条)

ア 遺留分減殺請求が行使された場合,これまでは侵害額相当割合分だけ物権的な権利変動があるとされていたものが,単に遺留分侵害額相当の金銭債権が発生することとされました(新民法1046条)。

イ その場合,金銭を直ちに準備できない受遺者等のため,裁判所は,金銭の支払に相当の期限を許与できるようにしました(新民法1047条5項)。

(2)今回の創設がなされた理由は何でしょうか

従前は,請求の対象となった目的物の所有権が侵害の割合分だけ遺留分権利者に移転し,共有状態が生ずるとされていました。しかし,それでは目的財産を受遺者等に与えたいとする遺言者の意思に反する可能性があり,加えて複雑な共有関係を回避するために,金銭債権化することにしたものです。しかし,そうすると,金銭の支払いの準備に時間がかかることもありうるために,相当の期限の許与を裁判所に求めうることにしたのです。

 

4.遺留分等の計算方法を明文化する規定の新設

(1)遺留分及び遺留分侵害額を求める計算式の明文化

ア 遺留分を求める計算式(新民法1042条第1項・1043条第1項)

「遺留分の算定財産の価額×1/2×法定相続分」で計算されます

(但し,直系尊属のみが相続人の場合は1/3となります)

イ 遺留分侵害額を求める計算式(新民法1046条第2項)

「遺留分額-特別受益額-具体的相続分額+負担する法定相続分に応じた債務額」で計算されます。

ウ 明文化の趣旨は何でしょうか

遺留分侵害請求権が金銭債権化されたことに伴い,改めてその内容の確認がなされたのです。

(2)遺留分の算定財産に算入する贈与の範囲の限定

ア 改定の内容はどのようなものでしょうか。

(新民法1044条3項の内容)

「相続人に対する贈与」は「相続開始前の10年間」にされたものに限り,その価額(婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与に限る)を遺留分算定の財産価額に算入することになりました。

イ 改定の理由は何でしょうか

相続人に対する贈与は,第三者に対する贈与のように1年間の制限はなく,原則として無制限に算入されるとするのが最高裁判例(平成10.3.24)でした。しかし,これでは何十年も前の贈与も含まれることになり,あまりにも不適切となるため,相続人に対する贈与についても10年以内のものに限定することとしたものです。

但し,当事者双方が遺留分権利者を害することを知っていた場合には,10年間に限定されないこととされています(新民法1044条1項)。

(3)遺留分侵害額算定での債務の取扱い

ア いかなる内容が明文化されたのでしょうか。

(新民法1047条3項の内容)

 

・遺留分侵害額の請求を受けた受遺者又は受贈者は,遺留分権利者が承継する「債務を消滅させた時」は,「意思表示」により,その限度で自らが負担する債務を消滅させることができる。

・その場合,取得した「求償権」は,消滅した債務額の限度で消滅する。

 

イ これにより,受遺者・受贈者が遺留分権利者の承継する債務を弁済や免責的債務引受などで消滅させた場合の取り扱いが規定されました。

 

5.まとめ

今回は,当初に述べた3つの観点以外の改正部分のうち,注意を要する部分の解説をしました。そのうちでも,遺留分及び遺留分侵害の算定方式に関しては,かなり細かな内容が整備されています。

条文を読んでみても必ずしもしっくりこないかもしれません。しかし,事例を想定しつつ内容を確認すれば,納得が行くと思います。頑張ってみて下さい。

 

弁護士関戸一考,弁護士関戸京子