相続法制の改正を考える(その1)

相続法制の改正を考える(その1)

1.相続法制の大幅改正がされる

近年,民法典の相続法制が昭和55年以来の40年ぶりの大幅な見直しが行われました。相続法は,弁護士業務のみならず税理士業務においても重要で,国民生活にも密接にかかわるものだけに,その法改正の中味を正確に知っておく必要があります。

そこで,その改正の内容を皆さんに簡潔にご説明致します。

2.相続法改正の契機は何か

平成25年9月4日に最高裁判所で「非嫡出子の法定相続分を嫡出子の2分の1と定めた民法900条4号但書き前段の規定を違憲とする」旨の判断が示されました。そのため,この規定を削除する法案が出されたことが,相続法制を全般的に見直しをする契機となったと言われています。

それは,日本社会の少子高齢化の進展に伴う社会経済情勢の大きな変化が背景にあります。つまり,相続開始時に残された配偶者の年齢が相対的に高くなり,その生活保護の必要性が高まる一方で,少子化により相続人である子供の数が減少し,その取得割合も増加しつつあります。そこで,これらに見合った形で,相続法制全般の見直しの必要性が指摘されたのです。

そのため,相続法制の見直しに関する法務省の法制審議会の答申を踏まえ,以下の2つの法案が出されました。

第1の法案が「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律案」です。

第2の法案が「法務局における遺言書の保管等に関する法律案」です。

この2つの法案は,2018年(平成30年)7月6日可決成立し,同月13日に公布されました。

 

3.今回の改正を3つの観点から検討します

さて,今回の法改正は,相続法全般に亘っていますが,大きく次の3つの観点からこれを鳥瞰することができます。

(1)第1の観点は,配偶者保護のための方策です

① 「持戻し免除の意思表示」の推定規定(新民法903条4項)

この規定は,特別受益者の相続分を算定するに当たり,その特別受益を受けた配偶者が,20年以上の夫婦として,居住の建物又はその敷地を遺贈又は贈与を受けた場合には,その分の評価を加算して相続分の計算をしなくとも良い旨の意思表示があった(これを「持ち戻し免除の意思表示」といいます)として推定する旨の規定です。

② 配偶者居住権(新民法1028~1036条)の新設

被相続人の配偶者の居住建物を対象に配偶者にその使用を認める法的権利を創設し,遺産分割等における選択肢の1つとしてこれを認めるものです。

③ 配偶者の短期居住権(新民法1037~1041条)の新設

被相続人の配偶者が相続開始時に遺産の建物に居住していた場合には,遺産分割が終了するまでの間,無償でその居住建物を使用できるようにするものです。

これらの規定はいずれも被相続人の死亡後に残された配偶者の居住権を保護するために認められたものです。

(2)第2の観点は,遺言の利用促進のための方策です

① 自筆証書遺言の方式の緩和(新民法968条関係)

これまでは自筆証書遺言をする場合には,遺言内容の全文,日付,氏名を自書しなくてはなりませんでした。しかし遺言内容のうち不動産や預金などの財産目録に関しては,自書する必要はなく,目録そのものに署名,押印するだけでよいことになりました。

② 遺言執行者の権限の明確化(新民法1007条,1012条~1016条)。

この規定は,遺言内容の円滑な実現を図るために遺言執行者の権限を明確化し,無用な紛争が生じないようにしたものです。

③ 法務局における自筆証書遺言書の保管制度の創設(遺言書保管法)

この制度を利用することにより,自筆証書遺言の紛失や隠匿等が防止できるようになりました。この制度を利用した場合には,「裁判所による自筆証書遺言の検認手続き」は不要となります。

(3)第3の観点は,相続人を含む利害関係人の実質的な公平を図るための見直しです

① 遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合の遺産の範囲(新民法906条の2)に関する規定の創設です。

この規定は,遺産分割前に財産が例えば共同相続人の一人によって処分された場合には,他の共同相続人の同意の下に,処分をした共同相続人の取り分を組み戻し,処分前と同等にすることができるとするものです。

② 「特別の寄与制度」の導入があります(新民法1050条)

この制度は,相続人に該当しない親族(相続人の配偶者など)が被相続人に対し介護等の貢献を行った場合に,この貢献に報いるため,この者が相続人に対して金銭請求をすることができる制度を創設するものです。

 (4)それ以外の見直しで留意すべき主な点は次の通りです

① 遺産分割前の預貯金の払戻請求を認める制度の創設があります(新民法909条の2)。

この制度は,平成28年に最高裁判例が変更されて,預貯金も遺産分割の対象とすることとなったため,遺産分割が終了するまでの間は相続人単独では預貯金債権の払戻ができず,葬式費用の支払いや生活費の支出のため困ってしまうのを改善しました。

但し,単独で銀行等の窓口で払い戻しのできる額は預金額の3分の1に法定相続分を乗じた分に限ります(金融機関毎に150万円が上限となります)。

② 遺留分権利者の権利行使によって生ずる権利の金銭債権化の創設(新民法1046条)があります。

これまでは,遺留分の権利を行使すると,すべての財産について共有関係が生ずるとされていました。しかし,これをやめてすべて金銭債権化することになりました。これにより,遺留分侵害の対象不動産等を売却する必要性がなくなりました。

③ 「相続させる」旨の遺言等によって承継された債権が法定相続分を超える分について,対抗要件主義とする旨の規定の創設(新民法899条の2)がされました。

これによって,遺言書で法定相続分を超える分を共同相続人の一人に認めていても,法定相続分を超える分については対抗要件(登記等)を備えなければ第三者に対抗できないこととなりました。

 

4.改正法の施行日はいつかを示します

(1)第1の法律の施行日は次の通りです。

原則 2019年7月1日から施行です。

例外1 自筆証書遺言の方式緩和の部分は,2019年1月13日からです。

例外2 配偶者の居住の権利の部分は,2020年4月1日からです。

(2)第2の法律の施行日は次の通りです。

法務局における保管制度は,2020年7月10日から施行です。

5.まとめ

以上のとおり,相続法制の改正の規定の概観を示しました。これらの法改正の内容を知らないと,今後は業務に支障が生じかねませんので注意を要します。

新民法の改正条文を示しましたので,詳しくは条文を参照してみてください。

相続法制の改正を考える(その2)

相続法制の改正を考える(その2)

1.はじめに

前回では相続法制の改正の契機とその内容についての概観(全体像)を,3つの視点からお示ししました。

今回は,前回に示した概観にそって改正法について具体的な内容に踏み込んでお話します(改正条文を引用しておきましたので,参照してみてください)。

2.配偶者保護のための方策について

相続法制の改正は多岐に及んでいますが,まず最初に示した「配偶者保護のための方策」としてどのような内容が規定(新設)されたのか,という点からお話します。大きく3つの改正点があります。

(1)「持ち戻し免除の意思表示の推定規定」(新民法903条4項)

規定の内容(新民法903条4項)

 この規定は,婚姻期間が20年以上の配偶者の一方が,他方に居住用不動産(土地及び建物)を遺贈又は贈与した場合に,遺産の先渡し(特別受益)を受けたものとして取り扱わなくともよい(これを「持ち戻し免除の意思表示」といいます)との意思表示をしたと推定する,と言うものです。

この規定はあくまで推定規定ですから,被相続人から反対の意思表示があった場合には推定はされません。

この内容を理解するために,これまでの制度と改正法ではどのように取り扱われるかを説明します。

具体例を示します。

 被相続人が20年以上連れ添った配偶者に,居住用の家と土地を,生前に,贈与した場合,遺産分割でどのように取り扱われるのでしょうか。

  ① これまでの制度(特別受益者の相続分民法903条1項)の場合

生前に贈与を受けたとしても,遺産の先渡し(これを「特別受益」といいます)を受けたものとして取り扱われるため,最終的に遺産分割で取得する財産額は,贈与がなかった場合と同じ取扱いとなります(具体的には何らの意思表示がなければ法定相続分の通りとなります)。

② 改正法による場合の取扱い

被相続人の持ち出し免除の意思の推定規定を設けることにより,原則として,遺産の先渡しを受けたものと取り扱う必要がなくなり,配偶者はより多くの財産を取得することができるようになります。つまり,贈与の趣旨に沿って,贈与財産は遺産分割の対象財産からはずされて,残りの遺産で遺産分割がなされることになるのです。

(2)配偶者の長期居住権の保護のための規定(新民法1028条から1036条)

ア.「配偶者居住権」の新設の規定

① 意義を示します

「配偶者居住権」とは,配偶者が相続開始時に居住していた被相続人所有の建物に対し,原則として終身の間,建物の使用を認める,「法定の権利」をいいます(新民法1028条1項本文)。

② 取得原因を示します

ア 遺産分割協議(1028条1項1号)

イ 遺贈(同項2号)

ウ 死因贈与(民法554条が準用する1028条1項2号)

エ 遺産分割審判(1029条)

③ 効果を明らかにします

ア 配偶者は,居住建物の全部について使用収益権を取得します(1032条1項)

イ 期間は原則として終身の間となります。但し別段の定めによる例外があります(1030条)

④ 消滅事由を示します

ア 建物所有者による配偶者の用法違反等を理由とする消滅請求(1032条4項)

イ 配偶者の死亡(1036条,債権の改正法597条3項)

ウ 目的物の滅失等使用不能(1036条,債権の改正法616条の2)

エ 期間満了(1036条,597条1項)

イ.制度導入のメリットは何でしょうか

配偶者が自宅で居住することを選択しても,配偶者居住権ならば評価は安く,その他の財産をより多く取得できる余地が生まれます。つまり配偶者居住権を選択した場合,その財産評価は,居住用財産の所有権から切り離され,ある程度低く評価されるため,残余の権利分(これを「負担付き所有権」といいます)を,他の相続人が取得することになり,その分だけ配偶者が別の財産(預貯金等)を取得できるようになるからです。

ウ.具体例を示します。

相続人が妻と子で,遺産が自宅(2000万円)と預貯金(3000万円)の場合(遺産総額5000万円)で,相続分は1対1の場合を考えます。

現行法 ①妻が自宅の所有権を取得(2000万円)すると,預貯金は500万円しか取得できません。

②子は預貯金2500万円を取得することになります。

改正法 ①妻が自宅の配偶者居住権を取得(500万円と評価する)すると,預貯金の取り分は負担付き所有権分(1500万円)だけ増えて,合計2000万円を取得できることになります。

②子は,負担付所有権(1500万円)と預貯金1000万円を取得することになります。

但し,配偶者居住権の評価方法については,今後様々な知見に基づいて確立していく必要があるとされています。

(3)「配偶者の短期居住権」の保護のための規定(新民法1037条から1041条まで)

ア.「配偶者短期居住権」の新設規定(1037条)

① 意義を示します

配偶者が相続開始時に被相続人の建物に無償で住んでいた場合に,一定の期間,居住建物を無償で使用する権利,を取得することができるようにしました。これを「配偶者短期居住権」といいます。

② 保護される期間はどれ位でしょうか

ア 配偶者が遺産分割に関与する時は,居住建物の帰属が確定するまでの間(ただし,最低6ヶ月間は保障されます)居住建物を無償で使用できます(1037条I項1号)。

イ 居住建物が第三者に遺贈された場合や,配偶者が相続を放棄した場合でも,居住建物取得者から消滅請求を受けてから6ヶ月間は保護されます(1037条I項2号,Ⅲ項)。

イ.制度導入のメリットはどこにありますか

配偶者が被相続人の建物に無償で居住していた場合,被相続人の意思にかかわらず,一定期間はこれを保護するもの(最低6ヶ月間は保護される)です。

3.まとめ

高齢化社会の進展に向けて,残された配偶者の老後の生活保障の必要性が高まってきます。

そのために,今回の相続法制の改正では,配偶者居住権または配偶者短期居住権という権利を認めて,配偶者の居住用の建物の利用を保護する制度が導入されています。

しかしながら,配偶者居住権の評価をどのようにして算定するかという点は,必ずしも単純ではありません。

特に,相続税の算出のため,配偶者居住権を控除した負担付き所有権の評価額と,売買のための負担付き所有権の実勢価額には乖離が生ずる可能性もあり,今後の課題でもあります。

尚,配偶者居住権に関する規定は,民法の債権法改正とも密接にかかわる部分があるため,民法の債権法の改正の施行日と同じ2020年4月1日以後に開始した相続について適用されます。

 

相続法制の改正を考える(その3)

 相続法制の改正を考える(その3)

1.はじめに

前回は相続法制の改正のうちで,一番の中心的な課題とされた配偶者保護に関する改正点を説明致しました。今回は,遺言の利用促進のための規定の創設と,関係者の実質的な公平を図る規定の創設についてご説明致します。

2.遺言利用促進のための新設規定

(1)自筆証書遺言の方式の緩和規定の新設

自分で簡単に作成できる自筆証書による遺言の場合には,日付と署名押印のみならず,「遺言書の全文を自書する必要がある」と,その方式は厳格に定められています(民法968条)。

しかし,遺言の全文の自書をすることは,財産が多数ある場合には相当大変な作業となります。

そこで新民法968条2項で財産目録について以下のとおり規定されました。

ア.新民法968条の2項の内容

 自筆証書に,これと一体のものとして相続財産の全部又は一部の目録を添付する場合には,その目録については,自書することを要しない。

その場合において,遺言書はその目録の毎葉に署名し,印を押さなければならない。

イ.制度導入のメリットは何でしょうか

この規定により,パソコンで目録を作成したり,通帳や登記事項証明書のコピーを添付して,財産目録とすることができるようになりました。但し,その場合すべてのページに署名・押印をしておくことが必要となります。こうすることにより,遺言書の偽造や変造を防止することができます。

但し,その変更には,変更場所を指示して,その場所に署名・押印しなければならない(新民法968条3項)とされていますので注意が必要です。

(2)法務局での自筆証書遺言の保管制度(遺言書保管法)の創設

  ア.この法律の立法趣旨はどのようなものでしょうか

自筆証書遺言は,公正証書による遺言とは異なり,いつでも簡単に作成することができます。でも,自宅に保管されることが多いため,紛失したり,相続人の一部の者によって廃棄・改竄などが行われる可能性があり,そのため相続人間で紛争の生ずるおそれがありました。

そこで,法務局で自筆証書の遺言書を保管することによって,遺言の利用促進と遺言書の紛失や隠匿等の防止など図ることができるように,その保管を法律で定めたものです。

イ.利用の方法を示します

遺言者自身が住所地や本籍地などの遺言書保管所(法務局)へ出頭して保管手続きをします(その場合遺言書は,決められた様式で,封のないものであることが要求されます)。

ウ.効果を示します

① 相続開始後に,相続人は法務局で遺言書の写しの交付や閲覧が可能となります(遺言者の生存中は,遺言者以外は遺言書の閲覧ができません)。

② ①の場合,法務局から他の相続人に遺言書が保管されていることが通知されます。

③ この手続きを利用した場合,家庭裁判所での自筆証書遺言の検認手続きは不要となります。

④ 但し,この制度を利用しても保管後に遺言書の保管申請の撤回は可能です。

(3)この制度のねらいは何でしょうか

現時点では,遺言を残さず亡くなる人が相当数いることから,遺産の分配をめぐる無用な紛争を防ぐことを目的としています。

平成29年の統計によりますと,その年の死亡者の10分の1以下しか遺言書の作成が確認されていません(公正証書作成件数と検認件数の合計は,死亡者134万人に対して12万8000件足らずとされています)。

今回の法改正により,自筆証書遺言をより利用しやすいものとすることができます。

 

3.関係者の実質的な公平を図る規定の創設

  この点に関する規定の創設は2つあります。

(1)遺産分割前に処分された遺産の範囲に関する規定の新設

その内容は以下のとおりです。

ア.新民法906条の2の内容

 遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても,共同相続人は,その全員の同意により,当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる(同条第1項)。

イ.この制度導入の目的は何でしょうか

この規定は,例えば不当に第三者又は相続人の一人によって処分された財産を,共同相続人全員の同意によるか,処分者以外の相続人の同意(同条第2項)により,その分を遺産分割の対象に含めて,不当な処分がなかった場合と同じ結果を実現できるようにするものです。

 

(2)特別の寄与制度の規定の新設(新民法1050条)

ア.この規定の目的は何でしょうか

相続人以外の親族が,被相続人の療養看護等を行った場合,相続人に対して金銭の支払いを請求することができるようにして,その貢献に報いるものです。

イ.新民法1050条の内容

① 改正の内容(1050条1項)

 被相続人に対して,無償で療養看護その他の労務の提供により,被相続人の財産の維持又は増加に特別に寄与した被相続人の親族は,相続人に対し,特別寄与料の支払いを請求することができる。

② 効果を示します

特別に寄与した親族(これを,「特別寄与者」といいます)は相続人に対し,「特別寄与料支払請求権」を取得します。各相続人は,特別寄与料を法定相続分に応じて負担することになります(1050条5項)。

③ 特別寄与料決定手続(1050条2項)はどうなっていますか

特別寄与料の支払金額は,当事者間の協議により決定します。これが調わない時は,家庭裁判所の審判によることになります。

④ 行使期間の制限(1050条2項の但書)があります

特別寄与者が相続開始及び相続人を知ったときから6カ月,又は相続開始から1年を経過した時は,もはや支払いを請求することはできません。

ウ.制度導入のメリットは何ですか

これまでは,相続人以外の者(例えば長男の妻)が,生前被相続人の介護に尽くしても,相続財産を取得することができませんでした。しかし,それを是正して,特別寄与者は他の相続人に対して金銭請求ができることとして,介護等の貢献に報いるようにしたものです。

 

4.改正法の施行時期を示します

(1)自筆証書の方式の緩和規定

この部分は2019年1月13日から施行済です。

(2)遺言書保管法

この法律は2020年7月10日から施行予定です。

(3)それ以外の規定部分

本稿のそれ以外の部分は,改正相続法の原則通り2019年7月1日からの施行です。

相続法制の改正を考える(その4)

 相続法制の改正を考える(その4)

1.はじめに

相続法制の改正の内容を,これまで,①配偶者の保護,②遺言書の利用の促進,③利害関係人の公平を図る制度,の3つの観点からその内容を解説しました。

今回はそれ以外の改正点で,重要なものの解説をします。

 

2.遺言分割前の預貯金の払戻制度の新設

(1)新設された内容

遺産分割前に発生した「相続人の生活費」「葬儀費」「相続債務の弁済」などの資金需要に対応できるようにするため,相続された預貯金債権について,共同相続人が「単独」で払戻しを受けられる制度が新設されました。

(2)何故この制度が新設されたのでしょうか

   そのきっかけは,平成28年12月19日に出された最高裁決定にあります。この決定は「預貯金債権は遺産分割の対象財産に含まれる」と判断したため,共同相続人は,遺産分割が終了するまで,預貯金の払戻しが出来なくなったからです。それまでは,預貯金は,法定相続分に応じて当然分割される(民法427条)と解されていたため,遺産分割の対象財産ではなく,遺産分割協議成立前でも自己の持分相当額を払い戻すことができていました。それがこの変更決定でできなくなり,その不都合を解消させるために,新たにこの制度が新設されたのです。

(3)新設された制度は2つあります

ア 金融機関の窓口で,預金債権の一定割合については,相続人が単独で,支払いを受けられる制度の新設がなされました(新民法909条の2)。

その場合,払い戻しができる金額の具体的な計算式は次のとおりです。

「預貯金債権額×1/3×法定相続分」となります。但し,単独で払い戻しを受けられる額は1金融機関ごとに「150万円が上限」とされています。

イ 遺産分割の審判前の保全処分の要件が緩和されました

家庭裁判所に遺産分割の調停・審判が申し立てられた際に認められる保全処分で,「仮払いの必要性」があれば,他の相続人の利益を害さない限り,「仮の取得」(仮払い)が認められるようになりました(家事事件手続法200条に3項が追加されました)。

 

3.遺留分減殺請求の金銭債権化の創設

(1)創設された内容(新民法1046条・1047条)

ア 遺留分減殺請求が行使された場合,これまでは侵害額相当割合分だけ物権的な権利変動があるとされていたものが,単に遺留分侵害額相当の金銭債権が発生することとされました(新民法1046条)。

イ その場合,金銭を直ちに準備できない受遺者等のため,裁判所は,金銭の支払に相当の期限を許与できるようにしました(新民法1047条5項)。

(2)今回の創設がなされた理由は何でしょうか

従前は,請求の対象となった目的物の所有権が侵害の割合分だけ遺留分権利者に移転し,共有状態が生ずるとされていました。しかし,それでは目的財産を受遺者等に与えたいとする遺言者の意思に反する可能性があり,加えて複雑な共有関係を回避するために,金銭債権化することにしたものです。しかし,そうすると,金銭の支払いの準備に時間がかかることもありうるために,相当の期限の許与を裁判所に求めうることにしたのです。

 

4.遺留分等の計算方法を明文化する規定の新設

(1)遺留分及び遺留分侵害額を求める計算式の明文化

ア 遺留分を求める計算式(新民法1042条第1項・1043条第1項)

「遺留分の算定財産の価額×1/2×法定相続分」で計算されます

(但し,直系尊属のみが相続人の場合は1/3となります)

イ 遺留分侵害額を求める計算式(新民法1046条第2項)

「遺留分額-特別受益額-具体的相続分額+負担する法定相続分に応じた債務額」で計算されます。

ウ 明文化の趣旨は何でしょうか

遺留分侵害請求権が金銭債権化されたことに伴い,改めてその内容の確認がなされたのです。

(2)遺留分の算定財産に算入する贈与の範囲の限定

ア 改定の内容はどのようなものでしょうか。

(新民法1044条3項の内容)

「相続人に対する贈与」は「相続開始前の10年間」にされたものに限り,その価額(婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与に限る)を遺留分算定の財産価額に算入することになりました。

イ 改定の理由は何でしょうか

相続人に対する贈与は,第三者に対する贈与のように1年間の制限はなく,原則として無制限に算入されるとするのが最高裁判例(平成10.3.24)でした。しかし,これでは何十年も前の贈与も含まれることになり,あまりにも不適切となるため,相続人に対する贈与についても10年以内のものに限定することとしたものです。

但し,当事者双方が遺留分権利者を害することを知っていた場合には,10年間に限定されないこととされています(新民法1044条1項)。

(3)遺留分侵害額算定での債務の取扱い

ア いかなる内容が明文化されたのでしょうか。

(新民法1047条3項の内容)

 

・遺留分侵害額の請求を受けた受遺者又は受贈者は,遺留分権利者が承継する「債務を消滅させた時」は,「意思表示」により,その限度で自らが負担する債務を消滅させることができる。

・その場合,取得した「求償権」は,消滅した債務額の限度で消滅する。

 

イ これにより,受遺者・受贈者が遺留分権利者の承継する債務を弁済や免責的債務引受などで消滅させた場合の取り扱いが規定されました。

 

5.まとめ

今回は,当初に述べた3つの観点以外の改正部分のうち,注意を要する部分の解説をしました。そのうちでも,遺留分及び遺留分侵害の算定方式に関しては,かなり細かな内容が整備されています。

条文を読んでみても必ずしもしっくりこないかもしれません。しかし,事例を想定しつつ内容を確認すれば,納得が行くと思います。頑張ってみて下さい。

 

弁護士関戸一考,弁護士関戸京子

相続法制の改正を考える(その5)

 相続法制の改正を考える(その5)

1.はじめに

これまで4回に亘って,相続法制の改正の内容の解説をしました。今回の5回目で最後です。そこで,改めてその内容を振り返ってみたいと思います。

その1では,相続法制改正の契機と,法改正の全体像を示しました。

その2では,配偶者保護のための方策を解説しました。

その3では,遺言利用促進規定と,関係者の公平を図る規定を解説しました。

その4では,預貯金の払戻制度と,遺留分制度の改正内容を解説しました。

その5では,相続の効力等に関する見直しと,遺言執行者の権限を解説します。

 

2.相続の効力等に関する見直しについて

(1)ここでの見直しの内容はどのようなものでしょうか

それは,「相続させる旨の遺言」について「対抗要件主義」を採用したことです。対抗要件主義とは,対抗要件の先後で,対立する権利の優劣を決する考え方をいいます。その内容は次のとおりです。

(新民法889条の2第1項の内容)

相続による権利の承継は,法定相続分を超える部分については登記・登録,その他対抗要件を備えなければ第三者に対抗できない,とするものです。

 

 

 

 

(2)見直しの理由を示します

  ア 従前,「相続させる旨の遺言(これを「特定財産承継遺言」と呼びます)」による権利の承継は,遺産分割や遺贈の場合と異なり,「登記等がなくとも第三者に対抗できる」とするのが,最高裁判例(平成14.6.10)でした。

しかし,それでは「遺言の有無及び内容」を全く知らない相続債権者などの第三者の利益が不当に害される恐れがあるため,特定財産承継遺言による法定相続分を超える部分を第三者に対抗するためには,遺産分割や遺贈と同様に,対抗要件が必要とされたのです。

イ ところで,承継された権利が「債権の場合」には,「債権者からの通知又は債務者の承諾」が民法上は対抗要件とされていますが,その際の特則が定められました。その内容を示します。

(新民法899条の2第2項の内容)

前項(第1項のこと)の権利が「債権である場合」,法定相続分を超えて,当該債権を承継した共同相続人が「遺言の内容」や遺産分割により債権を承継した場合には「遺産分割の内容」を,明らかにして債務者に「その承継を通知」したときは,共同相続人全員が債務者に通知したものとみなして,前項の規定を適用する。

 

 

 

 

 

 

 

(3)債権の特則が定められた理由を明らかにします

本来従前の規定では「債権者からの通知」は,共同相続人全員でする必要がありました。ところが,共同相続人間でもめているときには,必ずしも全員ですることができないこともあるため,「受益相続人が単独で通知」できるようにしたものです。

しかし,その際,虚偽の通知によることを防止するため,通知の際に「遺言の内容」や「遺産分割の内容」を「明らかにする」ことが要求されたものです。

但し,「遺言の内容」や「遺産分割の内容」を債務者ではなく第三者に対抗するためには,確定日付のある証書(通常は内容証明郵便を利用することが多い)によることが必要となります(これは民法上の原則です)。

これにより,相続債権者や被相続人の債務者は,受益相続人が対抗要件を具備するまでは,法定相続分を前提として権利行使・義務履行をすれば足りるということになります。

 

3.遺言執行者の権限の明確化

遺言執行者が選任された場合の権限は,以下のとおりです。

(1)遺言執行者の任務開始に伴う通知内容(新民法1007条2項)

遺言執行者は,任務開始に伴い,遅滞なく「遺言内容」を相続人に通知することとされています。

(2)遺言執行者の権利義務(新民法1012条)

ア 遺言執行者の権限は,「遺言の内容を実現するために必要な行為をする権利義務」と明記されました(同条1項)。

イ 「遺贈の履行」は,遺言執行者のみが行うことが確認されました(同条2項)。

(3)遺言執行の妨害行為の禁止規定(新民法1013条1項・2項・3項)

ア 相続人による財産処分などの遺言執行に対する妨害行為は禁止され(同条1項),違反してなされた行為は無効とされつつも(同条2項),善意の第三者には対抗できないとされました(同条2項但書)。

イ それに対し,相続人の債権者等の権利行使(例えば差押えなど)は,妨害行為として無効とはならず(同条3項),対抗問題とされています。

(4)特定財産に関する遺言の執行(新民法1014条2項・3項)

ア 特定財産承継遺言があったときは,遺言執行者は新民法899条の2第1項(法定相続分を超える部分の対抗要件を定めた規定)に必要な行為をすることができると定められています(同条2項)。

イ それが預貯金債権である場合には,「対抗要件の具備」の外「払い戻し請求」や「解約の申入れ」もできる,とされました(但し,解約申し入れは,その全部が当該遺言の対象となっている時に限られます)。

(5)遺言執行者の行為の効果(新民法1015条)

遺言執行者が「遺言執行者であることを示してした行為」は相続人に対し,「直接その効力が生ずる」とされました。これにより,不動産登記実務上も遺言執行者が単独で「相続による権利の移転登記申請」ができるようになりました。

(6)遺言執行者の復任権(新民法1016条)

ア 遺言執行者は原則として,自己の責任で第三者にその任務を行わせることができます(同条1項)。

イ しかし,やむを得ない事由によって第三者に行わせるときには,相続人に対し,その選任監督についてのみ責任を負うこととされました(同条第2項)。

以上の内容が,遺言執行者の権限について明確化された相続法改正の内容です。

 

4.まとめにかえて

5回にわたって相続法制の改正について主だった点の解説をしました。

今回の相続法制の改正は,相続法の全般に及ぶもので,少子高齢化社会の到来と共に多くの国民に直接かかわる内容がかなり含まれています。相続問題にかかわることが多い弁護士や税理士がその内容を正確に理解しておかないと,思わぬ過誤を引き起こさないとも限りません。

今回の改正部分は,大半が施行日がすでに到来しています。しかし,配偶者居住権(2020年4月1日施行)や遺言書の保管制度(2020年7月10日施行)などは,施行日は未到来ですので注意して下さい。

実務家の皆様には,改正の基本的な内容を頭に入れながら,直接改正条文や法文の内容を確認していただきたいと願っております。

以上をもって「相続法制の改正を考える」を終わります。

 

弁護士関戸一考,弁護士関戸京子