相続法制の改正を考える(その2)

相続法制の改正を考える(その2)

1.はじめに

前回では相続法制の改正の契機とその内容についての概観(全体像)を,3つの視点からお示ししました。

今回は,前回に示した概観にそって改正法について具体的な内容に踏み込んでお話します(改正条文を引用しておきましたので,参照してみてください)。

2.配偶者保護のための方策について

相続法制の改正は多岐に及んでいますが,まず最初に示した「配偶者保護のための方策」としてどのような内容が規定(新設)されたのか,という点からお話します。大きく3つの改正点があります。

(1)「持ち戻し免除の意思表示の推定規定」(新民法903条4項)

規定の内容(新民法903条4項)

 この規定は,婚姻期間が20年以上の配偶者の一方が,他方に居住用不動産(土地及び建物)を遺贈又は贈与した場合に,遺産の先渡し(特別受益)を受けたものとして取り扱わなくともよい(これを「持ち戻し免除の意思表示」といいます)との意思表示をしたと推定する,と言うものです。

この規定はあくまで推定規定ですから,被相続人から反対の意思表示があった場合には推定はされません。

この内容を理解するために,これまでの制度と改正法ではどのように取り扱われるかを説明します。

具体例を示します。

 被相続人が20年以上連れ添った配偶者に,居住用の家と土地を,生前に,贈与した場合,遺産分割でどのように取り扱われるのでしょうか。

  ① これまでの制度(特別受益者の相続分民法903条1項)の場合

生前に贈与を受けたとしても,遺産の先渡し(これを「特別受益」といいます)を受けたものとして取り扱われるため,最終的に遺産分割で取得する財産額は,贈与がなかった場合と同じ取扱いとなります(具体的には何らの意思表示がなければ法定相続分の通りとなります)。

② 改正法による場合の取扱い

被相続人の持ち出し免除の意思の推定規定を設けることにより,原則として,遺産の先渡しを受けたものと取り扱う必要がなくなり,配偶者はより多くの財産を取得することができるようになります。つまり,贈与の趣旨に沿って,贈与財産は遺産分割の対象財産からはずされて,残りの遺産で遺産分割がなされることになるのです。

(2)配偶者の長期居住権の保護のための規定(新民法1028条から1036条)

ア.「配偶者居住権」の新設の規定

① 意義を示します

「配偶者居住権」とは,配偶者が相続開始時に居住していた被相続人所有の建物に対し,原則として終身の間,建物の使用を認める,「法定の権利」をいいます(新民法1028条1項本文)。

② 取得原因を示します

ア 遺産分割協議(1028条1項1号)

イ 遺贈(同項2号)

ウ 死因贈与(民法554条が準用する1028条1項2号)

エ 遺産分割審判(1029条)

③ 効果を明らかにします

ア 配偶者は,居住建物の全部について使用収益権を取得します(1032条1項)

イ 期間は原則として終身の間となります。但し別段の定めによる例外があります(1030条)

④ 消滅事由を示します

ア 建物所有者による配偶者の用法違反等を理由とする消滅請求(1032条4項)

イ 配偶者の死亡(1036条,債権の改正法597条3項)

ウ 目的物の滅失等使用不能(1036条,債権の改正法616条の2)

エ 期間満了(1036条,597条1項)

イ.制度導入のメリットは何でしょうか

配偶者が自宅で居住することを選択しても,配偶者居住権ならば評価は安く,その他の財産をより多く取得できる余地が生まれます。つまり配偶者居住権を選択した場合,その財産評価は,居住用財産の所有権から切り離され,ある程度低く評価されるため,残余の権利分(これを「負担付き所有権」といいます)を,他の相続人が取得することになり,その分だけ配偶者が別の財産(預貯金等)を取得できるようになるからです。

ウ.具体例を示します。

相続人が妻と子で,遺産が自宅(2000万円)と預貯金(3000万円)の場合(遺産総額5000万円)で,相続分は1対1の場合を考えます。

現行法 ①妻が自宅の所有権を取得(2000万円)すると,預貯金は500万円しか取得できません。

②子は預貯金2500万円を取得することになります。

改正法 ①妻が自宅の配偶者居住権を取得(500万円と評価する)すると,預貯金の取り分は負担付き所有権分(1500万円)だけ増えて,合計2000万円を取得できることになります。

②子は,負担付所有権(1500万円)と預貯金1000万円を取得することになります。

但し,配偶者居住権の評価方法については,今後様々な知見に基づいて確立していく必要があるとされています。

(3)「配偶者の短期居住権」の保護のための規定(新民法1037条から1041条まで)

ア.「配偶者短期居住権」の新設規定(1037条)

① 意義を示します

配偶者が相続開始時に被相続人の建物に無償で住んでいた場合に,一定の期間,居住建物を無償で使用する権利,を取得することができるようにしました。これを「配偶者短期居住権」といいます。

② 保護される期間はどれ位でしょうか

ア 配偶者が遺産分割に関与する時は,居住建物の帰属が確定するまでの間(ただし,最低6ヶ月間は保障されます)居住建物を無償で使用できます(1037条I項1号)。

イ 居住建物が第三者に遺贈された場合や,配偶者が相続を放棄した場合でも,居住建物取得者から消滅請求を受けてから6ヶ月間は保護されます(1037条I項2号,Ⅲ項)。

イ.制度導入のメリットはどこにありますか

配偶者が被相続人の建物に無償で居住していた場合,被相続人の意思にかかわらず,一定期間はこれを保護するもの(最低6ヶ月間は保護される)です。

3.まとめ

高齢化社会の進展に向けて,残された配偶者の老後の生活保障の必要性が高まってきます。

そのために,今回の相続法制の改正では,配偶者居住権または配偶者短期居住権という権利を認めて,配偶者の居住用の建物の利用を保護する制度が導入されています。

しかしながら,配偶者居住権の評価をどのようにして算定するかという点は,必ずしも単純ではありません。

特に,相続税の算出のため,配偶者居住権を控除した負担付き所有権の評価額と,売買のための負担付き所有権の実勢価額には乖離が生ずる可能性もあり,今後の課題でもあります。

尚,配偶者居住権に関する規定は,民法の債権法改正とも密接にかかわる部分があるため,民法の債権法の改正の施行日と同じ2020年4月1日以後に開始した相続について適用されます。